強敵

第三章 第二十一話
2007/09/24公開



パリスが『僕んち』と言ったその家に冒険者一行は入った。
皆、全身ずぶ濡れで、床に雨を滴らせている体を見下ろし、居たたまれない顔で突っ立っている。
薄暗い玄関ホールは広く、曇り空が反射させる白い光が窓から緩く差し込んでいた。
とても、静かだった。

「ちょっと、ここで待ってて」

皆にそう言うパリスは、やはり誰の顔も見ていなかった。
急ぎ足で家の奥へと入っていく彼。
その背中を見送る皆は、家の中の静けさに合わせて無言のままだった。

ロエは濡れた髪から零れる雫を見て慌ててポーチの中をあさるが、その隣りでリオが顔を振ってびちびちと水を撒き散らす。
気ままなリオの行いにあっという顔をするトミー。
だが、寒さを感じ始めた自分の体をきゅっと抱いただけで結局何も言えなかった。

ノルヴェルトは水を滴らせたまま、玄関の横にある窓からじっと外を睨みつけている。
同じく濡れた体などどうでもいい様子のローディは、瞬きしない目でじっと屋内を眺めていた。

ダンは仲間達の様子を眺めて溜め息をつく。
濡れて下がった髪をうざったそうに乱暴に掻き上げ、家の中を見回した。

パリスは自分の家だと言った。
他の住人はいないのだろうか――まったく人の気配がしない。

「ごめん、みんな、ちょ……数がなくてっ」

奥からパリスが腕に数枚のタオルを引っ掛けて戻ってきたが、彼が言うように、明らかに数が足らなそうだ。
リオとトミーとロエにささっとタオルを渡し、パリスはすぐに踵を返す。

「おい」

ダンが声をかけるが、パリスは逃げるように、『待って、待って』と別のドアの先へと駆けていった。
落ち着けと言いたくなるが、予定していなかった客を自宅に招いた時は誰でもああなるものかと溜め息をつく。

ふと、渡されたタオルをおずおずと男性三人に勧めているトミーに気付く。
ダンはしかめっ面をすると、差し出されたタオルを取ってやや強引に彼女の頭に被せた。

「こっちに……っ」

いきなり向かい側のドアが開き、パリスは言いながらすぐに引っ込んでしまった。
眉を寄せつつ、仲間達はゆっくりと呼ばれた部屋へ足を向ける。

部屋の中を窺うと、文机と二脚の椅子、床には大きなカーペットが敷かれていた。
火がついたばかりの暖炉の前でパリスが追加のタオルを持って待っている。
そろそろ言いたいことが口に上がってきた仲間達がパリスを見つめる。

「ちょっとここで待っててください!」

しかし、タオルをまとめてダンに押し付け、仲間達の声を封じるようにパリス。
『待っててくれ!』よりも『何も言わないでくれ!』というメッセージの強い声。
皆の視線から逃げたくて堪らないという様子のパリスは、誰とも目を合わせないまま再び行ってしまう。
一人できゃーきゃーしているパリスを呆然と見送った一行は立ち尽くした。


そして、それっきり、パリスは戻ってこなくなった。

女性三人は暖炉の前でじっと身を寄せ合った。
結わいていた髪を解いたローディが妙に色っぽい仕草で髪を拭く。
そして式典準備室の時と同じように、好奇心の目を輝かせて部屋の中を歩き回る。
落ち着かない彼の行動に苛々しつつ、ダンはドアの横に立っていた。

ノルヴェルトはダンの向かい側の壁に寄りかかって立っている。
カーテンの引かれている窓から外の様子を窺い、今のところ彼の敵意は外に向いているようだ。
ダンはそう観察する。

今は流れでこんな状況になっているだけだ。
決して、ダンの中のノルヴェルトに対する感情が治まったわけではない。

笑顔を忘れたヒュームの娘が、あんな姿になって暖炉の前で膝を抱えている。
それだけでダンの堪忍袋はただの糸くずと化す。

ノルヴェルトとトミーを交互に見ている内、じわじわと体が熱を帯び始める。
ダンは小さく舌打ちすると、握り締めていた手の力を抜いて腕組みした。

ざわめく己を叱咤して視線を流す。
その先に時計があった。

パリスが逃げるように出て行ってから、かれこれ三十分近く経っていた。


「……ここだって、安全じゃないんじゃないの?」

不意に、疲れ果てた重たい声が聞こえた。
声の主は、トミーの横に座って暖炉をじっと見つめているリオ。
ダンは彼女の横顔に目をしばたかせると、『お前の言いたいことは分かってる』と言いた気な溜め息をつく。

そこでふと、ダンは先程自分達に『早く』と言った時のパリスの顔を思い出す……。

ダンは胸中頭を振って雑念を振り払った。
扉横の壁に寄りかかり、眉間にしわを寄せて目を閉じる。
そしておもむろに口を開いた。

「あいつの無事な姿見て、少しは元気になるかと思ったが……」

疑問符を浮かべた女性三人の顔が一斉にダンに向けられた。

「どうした、何かあったか?」

その問いは、膝を抱えて蹲っているトミーに向けられたもの。
塞ぎ込んでいたトミーの目が徐々に開かれ、とても何か言いたそうに微かに口が動く。

「な……あったじゃない!! あいつ一回、あたし達のこと見捨てたのよ!?」

予想はしていたが、言葉を返したのはトミーではなくリオだった。

「信用できるわけないじゃない!」

リオの発言に、トミーは傷付いた顔をして口を引き結ぶとまた俯いてしまう。

「でも、結局あいつは来た」

肩をすくめたダンが言葉を返すと、俯いてしまったトミーが少しだけ顔を上げた。

「お前らがあの部屋から出られたのは、あいつらが来てくれたからだろ」

不服ではあるが返す言葉がないリオはしかめっ面。
ダンはノルヴェルトへ視線を向ける。

「あんたも忘れないでくれ。あんたが人を信用できないのは勝手だが、実際あいつが加勢したからあんたは命拾いしたんだろ」

ノルヴェルトの目だけが、ダンに向く。
感情を出さずに落ち着いた声でダンは続ける。

「今のあんたがいるのにはあいつが一役買ってるってこと、そこんとこは分かっといてほしいもんだな」

その言葉を受けて、ノルヴェルトは窓の外を警戒する体勢を改めた。
ダンに向き直り、じっと見据える。

だが、完全に意識を向けているわけではない。
やはり多少外に意識を向けたままにしている風に見えた。

まただんまりを決め込むかと思っていたが、ノルヴェルトは会話する意思を見せる。

「……あの男を信用できる証拠がない」

彼の低い声が言うと、ダンは即座に言葉を返す。

「違うな。あいつに無いんじゃない。あんたにあいつを信用する気がないんだ」

ノルヴェルトは一瞬、言葉を失った。
眉をしかめて一歩進み出る。

「なぜ……私があの男を信用しなければならない? 私は」

「自分は誰も信じないで、自分だけは信じてもらおうってのか? あんたの行動でうちのがどれだけ傷付いてるか分からねぇのかよ」

ダンが『うちの』と言って視線で示したのは、当然トミーのこと。
喉の奥に押し留めていたものが徐々に沸き上がる。

「あんたがそんなこと言ってる限り、俺達はこいつをあんたには渡さねぇよ。それにこいつもあんたのことなんて信じねぇ。邪魔だっつってあんたが俺達を払い除けたって無駄だ」

ここでダンは一旦区切り、息を止めた。
熱くなりそうになる気を落ち着ける。
一度目を伏せ、少しの沈黙を置いてから、ゆっくりと口を開く。

「まぁ……それはもう、経験済みのことだろうけどな」

肩をすくめてみせるダンのことを全員がじっと見つめていた。
女性三人は真っ直ぐな眼差しで、ローディはなぜかにやけた顔で。

そしてノルヴェルトは返す言葉が出てこず、ぐっと口を結んでいた。

確かに、彼が言うことはもっともだ。
ノルヴェルト自身も同意だった。
自分のしたことは賢明ではなかったと、耳を塞ぐあの時のトミーの姿でたっぷりと痛感した。

しかし、ノルヴェルトは道理で片付けられないものを背負っている。
油断すれば命を狙われ、躊躇えば殺されるという日々を生き抜いてきた。

今のままでは、何も前進しない。
その言葉は理解できる。

だが、だからといって、心身に染み付いた生き延びる術を、そう容易く手放すことなどできない。

やっと見つけた捜し人。

彼女が孤独で、周りに何者もいなければ良かったのに。
そんなどうしようもないことを嘆いてしまいたくなるが、ノルヴェルトは内心頭を振る。

捜し人が孤独ではなかったのは喜ばしいこと。
だがそれを、素直に喜んでやれない自分が、苦しくて堪らない。
ノルヴェルトは頭の中でもつれ始める思考をすべて振り払った。

「貴様は信じるのか」

どこか恨めしそうな目付きになってダンに問う。


「――もうやめて」


そこで、トミーの搾り出した声が男二人の会話を遮った。
皆が視線を集めた先では、蹲ったトミーが頭を抱えている。

「……どうしてみんなが……パリスさんのことを信じる信じない言ってるのか、分からないよ」

掠れた弱々しい声。

「違うよみんな……違うよ。 パリスさんはもう、危ない目に遭いたくないだけなんだ。パリスさんは何も悪いことしてないよ。パリスさんは悪くない」

うわ言のように繰り返すトミー。
彼女を見つめるロエの瞳が切なく揺れた。
自分のハニーブロンドの髪をぎゅっと握り締め、トミーはさらに声を絞る。

「私のせいで大変な目に遭わせちゃったから、迷惑で……困ってるの。でもパリスさんは優しいから……無理してまた助けに来てくれちゃったんだ…。もう、もうほっといちゃえばいいのに」

「おい」

震えながら捲くし立てるトミーを、今度はダンが遮った。

「あいつがそれを聞いたら、大層ガッカリするとは思わないか?」

やや声のトーンを低くして言うダンに、トミーが『だって!』と顔を上げた。
彼女は揺れる瞳を苦しげに細める。
今にも涙が零れ落ちそうだった。

「だって……パリスさ……私のこと避けてるもん」

「トミーさん……」

声を震わすトミーの姿にロエが息を詰まらせる。
一筋の涙が零れると、トミーは両手で顔を覆った。

「どうしよう。パリスさん……もう、前みたいに笑ってくれない…っ」

ロエは、ぎゅっと小さく蹲っている娘の背中に手を添え、やがてトミーを抱きしめた。
そんな彼女達をじっと見下ろし、ダンは『そういうわけか』と理解する。

トミーが落ち込んでいる理由は分かった。

しかし、謎が解けたからといって、気分が晴れるわけがない。

自分が険悪な形相をしていると自覚しつつも、ダンはノルヴェルトに目を向けた。
あちらは一体どんな顔をしているかと思ったのだが、彼は複雑な表情をしてトミーのことを見つめていた。

さも、何かを痛めているような顔で。

今までは見えなかったトミーに対する申し訳なく思う気持ちが微かに見て取れ、それは本来、称すべき前進的な彼の姿だった。
だがそれを歓迎する気にはなれなかった。


今はただひたすらに思っているだけだ。

『近付くんじゃねぇ』と。


――コンコン。
部屋の扉が軽くノックされ、視線を落としていた皆は一斉に顔を上げた。
ゆっくりと扉が開いて、最初にパリスの声が入ってくる。

「や~ごめんね、時間掛かっちゃった。滅多にお客さん呼ばないから準備が悪くてねぇ」

声に続いて入室してきたパリスは、大きなトレーを持っていた。
トレーの上には、デザインにまったく統一感の無いお茶の入ったカップが人数分。
彼が言うように、家にあるカップをかき集めてきたような有様だった。

ダンは時計を横目に見る――確かに、この人数分だと言っても、茶を淹れるのにいくらなんでも時間が掛かり過ぎている。
文机にトレーを置いて手際よく女性陣からお茶を配るパリスをじっと見つめた。

――今の話、聞いてたか?

視線で問うたが、彼はダンの眼差しに気付かないようだった。

「体冷えちゃうよね。シャワーを使わせてあげたいところだけど……」

『今はそれどころじゃない、かな?』と誰に言うわけでもなく独り言のようにパリス。

直前の会話のせいで、室内はパリスに対して後ろめたい空気だった。
パリスはその空気を察しているのか、ひどく動きにくそうにカップを配っている。


疑心なんて面倒なものは、さっさと取っ払う。
やり辛くてしょうがない。


ダンは決断して口を開いた。

「ここはお前んちだっつったが、他には誰もいないのか?」

直球ど真ん中の問い掛けにロエとローディが目を見張る。
二人は、パリスに関する噂をよく知っている。
彼には勘当の原因となった同棲者がいるという噂だ。

エルヴァーンの青年の肩が微かに強張ったような気がした。
しかし、彼の口がさらりと間髪を入れずに答える。

「僕んちと言っても実家じゃないからねぇ」

ノルヴェルトとローディの近くにそれぞれカップを置き去って、残りの二つのカップを手に取るパリス。
ダンに歩み寄ってカップを差し出したパリスは『知ってるでしょ?』という顔をしていた。

そう、知っている。
だからこそ、こうして尋ねている。

「他には、いないんだな?」

カップを受け取りながら念を押すように確認する。
パリスは肩をすくめて肯定の意を示した。

“居るに一票! むしろキボンヌ☆”

いきなり頭の中に直接ローディの声が入ってきてダンは顔をしかめた。
目を爛々とさせているローディをじろりと睨んで『黙れ』と目で言う。

肩にかけていたタオルで髪を拭きながらパリスは言う。

「もしも追っ手さん達に僕の素性がバレても、辿れるのはせいぜい僕の実家までさ。実家の方々はもちろん……誰も、僕んちが何処か知らないからね」

ひとしきり水気を取ると、再びタオルを肩にかける。

「ご近所の貴族さん達はここのことなんて目に入ってないし……心配しなくていいよ」

心なしか少し寂しそうな顔をして言った。

パリスのことを疑って言っているわけじゃない。
ただ、仲間達の安心のためだ。

ダンはそんな歯痒い思いでパリスの背中を見つめたが、口に出して弁解することはしなかった。
そんなことをしても皆の不信感を煽るだけだ。
そしてきっと、パリスとの間にできたわけの分からない溝も深まる。

とりあえずは危機を脱し、暖を提供されてようやく人心地付いた。
そろそろ各自の頭が正常に働き始める頃だろう。
それは逆に、皆の意思にバラつきが出始める時でもある。


ダンは消沈しているトミーのことがやや気がかりではあったが、状況を見て口火を切った。


「――じゃあ、ここらでおさらいといこうか」

近くの棚の上にカップを置き、自分に視線を集めている仲間達を順に眺める。

本当は少し時間を取ってトミーを落ち着かせてやりたいところだが――仕方がない。
自分の欲求も一緒に後回しにすることにして、ダンは話を切り出すのだった。

「とにかく全員無事で何よりだ。今回特別に協力してもらった人間には礼を言う」

ローディのことはスルーし、今はこの場にいないリェンのことを指して言っている。

「そんであんたは、ようこそ俺達のパーティへ。……いや……『お招きありがとう』と言うべきか?」

ノルヴェルトに目を向け続けたが、思わず嫌味っぽい言葉までずるずると出てしまう。
口を引き結んでじっと見つめ返してくるノルヴェルト。
穏やかでない胸の内を鎮めるため、ダンは彼から視線を外し、自制の溜め息をつく。

そして、腕組みをすると、数秒の間を置いて、口火を切った。

「……あんたが連れてきた誇り高き気違い連中。あいつらを指揮ってんのは、テュークロッスって男だな?」

酷い言い草のその一言を聞いてノルヴェルトがぴくりと眉を動かした。
耳慣れない人物名に疑問符を浮かべている女性達。
ソファーの肘掛け部分に腰を下ろしてじっと聞いているパリス。
不敵の笑みを浮かべてくるくると指に髪を巻き付けているローディ。

ダンはそんな仲間達を順に眺めた後、説明する。

「俺達をだしに使って、そこの変態が掴んできた情報だ」

「きひっ! 解説してあげようかぇ!?」

嬉々として言うローディにすぐさまダンは半眼になる。

「するなら普通の言語でしろ、とりあえず」

「にゃ? そんなことしたら読んでる奴が俺様の発言だって見て分からなくなるぞぃ!?

「意味が分からねぇが早くしろメンドくせぇ」

凄みのある声で言われてローディは声高に笑った。
すると、乾いていない髪を一気に掻き揚げてオールバックにし、急に表情を引き締める。

「んんっ……わたくしが王立騎士団に情報を漏らしましたところ、真っ先に動いたのはかの氏でした」

姿勢を正して突如語り始める。

「テュークロッス・B・ゼリオンーーサンドリア王国の騎士団で三番目に力を持つ、貴冑騎士団の団長。又、氏は将軍の称号を王国より授かっております。国内ではなかなか人気のある男のようです」

ぴっと真っ直ぐに伸ばした人差し指を、眉間に当てる。

「まぁ、わたくしは氏には特段見所を感じませんでしたので、これまで眼中にございませんでしたが」

不敵の笑みを唇に浮かべ、言葉を繋ぐ。

「この度の件で先頭に立っていたのは、氏の忠臣であるジェラルディンという男でしょう。ジェラルディンを筆頭に数名の部下が氏の指揮の下に動いていると考えられます」

そこまで言うと、綺麗な指先で金髪を払い優雅に礼する。
横目にダンを窺い、ぱちりとウィンク。

「……簡単ですが、これでよろしいですか? 旦那様」

「誰が旦那様だ」

「ねぇ主従って萌えない?!」

「黙れ」

ぴしゃりとローディの妄想シャウトを打ち消し、ダンはさっさと話を進める。

「これまでサンドリアの騎士とはちょくちょく絡んできたが、そいつのことは知らなかったぜ」

淡々と述べながら、首を傾けてぱきりと鳴らす。

「冒険者とつるんでるのは大体王立と神殿の両騎士団だしな。騎士の間じゃ知られてるんだろうが、冒険者の間では耳慣れない存在だな」

――とは言っても、サンドリアで生まれ育った人間なら、知らないことはないのでは?

パリスを見ると、彼は両手で持ったカップをじっと見下ろしていた。
聞いたことがあるのならここでペラペラと喋りそうなものだが、彼の様子からは何も読み取れない。
今は彼に話を振ってみるべきじゃないと思えたので、結局ダンは彼に対し何も言わなかった。
パリスからノルヴェルトに視線を戻す。

「まぁ、あんたの行いを見てる限りじゃ、騎士団があんたに熱上げてたって何の不思議もねぇ。どんなに贔屓目に見ても、あんたは殺しをしてる罪人だからな」

そう言うと、トミーとロエが視線を落とし、それに反比例するようにリオが顔を上げた。
リオは真っ先に結論に達したような顔をしていた。
『自分達は巻き込まれた』という顔だ。
罪人と騎士団の追いかけっこに、なぜ、無関係の自分達が巻き込まれなければいけないのか。
一気に爆発寸前の不満顔になったリオを制するようにダンは言葉を投げた。

「ただ、少しばかり疑問な点がある」

ノルヴェルトを睨んでいたリオがキッとダンを振り返る。
リオだけでなく、その一言で皆がダンに視線を集めた。
注目の的になったダンはノルヴェルトを見据えて問う。

「あんた…………一体、何の罪で追われてる?」

「だ・か・ら! 殺しでしょ!? 今さら何言ってんのよ!!!」

リオが苛立ちを露にしてヒステリックな声を上げた。

「少なくとも俺が見た殺しは、罪の『本体』ではなさそうだったな。言うなら『延長』ってとこか? 相手はテュークロッスからの追っ手だろ」

腕組みをして分析結果を述べるダンの言葉に、ノルヴェルトは動揺を覚えていた。

長年追われ続けてきたが、罪を尋ねられたのは初めてのことだ。
それに気付いた。

また、今まで完全に拒絶してきた《外の世界》の人間がどんどん踏み入ってくる。
そんな感覚にとらわれ、気が付くと手元には恐怖に似た感情が生まれていた。

「あんたはどうやら相当腕が立つ。これまでに殺したのも、一人や二人じゃないはずだ。それなのにどうして、あんたの存在は影も形もないんだ?」

ノルヴェルトは、言葉を返せずに息を詰めた。

「……どういうこと?」

ぽつりと尋ねたトミーを横目に見ながらダンは言葉を続ける。

「本腰を入れた追跡にしては、静かすぎる。それどころか……だ。あんたのことは王立も神殿も把握していないんじゃないかと俺は見てる」

そういえば、あの騎士達は王立騎士団からの干渉をひどく嫌っていた。
ダンの話を聞いて、トミーは先程見た騎士達の様子を思い出す。

「とにかく連中はあんたに関する情報の漏洩を嫌っているらしいな。……とすると、どんなことが考えられる?」

仲間達を見回してダンが尋ねた。
まったく要領を得ていない様子のリオは思い切り怪訝な顔をしている。
すると――じっと考えていたロエが顔を上げて遠慮がちに口を開いた。

「あの……何か、あまり知られたくないことが……?」

「あっ、そうよそれよ!なんかサンドリアの偉い奴の秘密とかに絡んでんじゃないの!?」

「サンドリアの……秘密?」

首を傾げるトミーに、リオは自信たっぷりで大きく頷く。
先程から静かなパリスは口元に手を当て、じっと考える顔をしていた。

「まぁそれが妥当な考え方だろうな。例えばあんたが、王国に関する何か重要なもんを抱えてるとする。世間には知られたくない重要機密ってやつだ。あんたはエルヴァーンのことを相当憎んでいるようだが、それはその秘密と何らかの関係があるとも考えられる」

少しずつ進んでいく話をじっと動かずに聞いていたノルヴェルトは、ここでふと俯いた。


――サンドリアの秘密?

――世間には知られたくない重要機密?


表情ににじみ出てきた嘲笑を押し殺し、唇を噛む。

そのことを彼らに尋ねられても、自分は到底、納得のいく説明をすることはできないだろう。

説明するどころか、自分もあの男にもう一度問いたいくらいだ。
自分達の罪を。

「じゃあそこで、疑問の追加だ。なぜ、この男はトミーに固執する?」

不意に聞こえたダンのこの一言に、ノルヴェルトはびくりと視線を上げた。
彼らの視線が自分に向けられていた。

「それに連中の様子を見てると、あいつらが追っているのはあんただけじゃなさそうだな。じゃあ一体誰だ?」

真っ直ぐにノルヴェルトの目を見つめてダンが言う。

「ここであんたの出番だ。連中が追っている相手を、あんたは知ってる。で、その相手が…………うちのと関係あるってことだろ」

誰も声を発さなかったが、室内の空気が沈黙の内に騒然となった。
ノルヴェルトに集められていた皆の眼差しがトミーへと移される。

当の本人は、大層不安げな顔でダンのことを見つめていた。
トミーはきゅっと唇を結ぶと、ゆっくりとノルヴェルトへ視線を戻す。

その、ノルヴェルトへ向く直前の無理矢理表情を引き締めた顔が。
顔と入れ替わってこちらを向いたハニーブロンドの髪が。
ダンには『怖い』と泣き喚いているように見えた。


――頼むからこれ以上……。


思わず女神に祈ってから、胸が潰れるような思いの中で、ダンは意を決してノルヴェルトに目を向けた。

「だんまりは無しだぜ。あんたが話してくれないと、護れるもんも護れなくなる」

ノルヴェルトはしかめた顔にはっきりと迷いを浮かべ、視線を落とし硬直している。


誰もが躊躇し怖気付く中、ダンはあらゆる覚悟を背負った声で畳み掛けた。


「あんたや俺達が望んでなくても……もう、始まっちまってんだよ」



   *   *   *



閉ざされた城の一室で、テュークロッスは椅子の背もたれにゆっくりと背を預けていた。

「ジェラルディン、そう刺々しい言い方をせずとも良かろう」

忠臣の荒々しい発言を穏やかに制する。
テーブルに会している二名の騎士が顔を上げた。
その刺々しい言葉を浴びせられていたのは、この二人のエルヴァーン騎士である。

天井を仰いで息をつくと、赤髪の騎士団長は続けた。

「……とは言え、いささか好ましくない状況になってしまったのは違いない」

彼はテーブルに肘を立て、両手を組む。

「今お聞かせした通り、我らが内々に追っていた賊の一味は仲間の屍一つを残して忽然と姿を消した。又、あろうことかその一味は、言葉巧みに善良な若い騎士を騙し、利用し、嘆かわしい結果を招いたのも事実である」

語りかけている相手は王立騎士団の中級クラスの騎士二名。
連行劇を察知したパシュハウ沼駐屯所ガードの長と、ドラギーユ城でジェラルディンらを迎えた隊の長であった。

「此度のことで一番の不運は、その機密性の高さであった。賊の拘束も重要であったが、それと引換えにこの件が露見することなど許されぬ。どちらも巧妙にこなさなければならぬ、非常に繊細な任だったのだ。しかし私は現場指揮を忠臣に託し、要人への説明と協力要請に赴かねばならなくなり…」

言葉を一旦切る。
厳しい表情になりつつあった顔を俯かせ、溜め息をついた。

「お言葉ですが、テュークロッス様」

重たい声でジェラルディンが口を開くが、赤髪の主は眼差しでそれを制した。
そして、息を呑んでいる騎士二人に視線を戻すと、何かを観念したような顔をする。

「此度の件については……ご存知なのだ、各騎士団長も。そして更にその上の方々も。ゆえにこの件があの方々のお耳に入ったとしても、彼らは驚かぬだろう。ただし問題視されるのは……貴殿らがこの件を察知したということだ。此度の失態は我らの過失であると報告してある。貴殿らの話は一切出していない。……私が貴殿らに何をお伝えしたいか、お分かりか?」

騎士二人はごくりと固唾を呑んだ。
極度の緊張の中に僅かな安堵を垣間見せ、ちらりと顔を見合わせる。
二人は深く頷き、一方が『承知しました』と答えた。
その言葉を聞いてティークロッスは真剣な表情のまま頷き返した。

「そうだ。知っているだけが賢さではない……」

下位の者が高位の機密を知り口止めをされる。こういうことは珍しくない。
サンドリアの誇り高き騎士達は、自国に不利益となる事柄が公になることなど決して望まない。
テュークロッスは祖国のそういったお国柄もよく理解していた。

彼は表情を穏やかにすると、組んでいた手を解いてテーブルに置く。

「さて、あまり長いこと引き留めては周りが気にする。急に呼び立てて済まなかった」

「いいえ、とんでもございません」

解散の雰囲気を出すテュークロッスにいよいよ安堵して、二人の騎士は肩の力を抜く。

「我々は所詮黒子だが、黒子には黒子の気苦労もあるのだよ。全く、貴殿らの華やかな活躍ぶりが羨ましい限りだ」

三人で軽く笑い、やがて皆椅子から腰を上げる。

「では、お気遣い感謝いたします」

駐屯所の騎士は、そう言ってサンドリア式敬礼をするとそそくさと部屋の扉に向かった。
関わらない方が良いことなのだとよく理解したようだ。その姿にテュークロッスは頷く。
もう一人も、丁寧に敬礼をして退室する。

「ーーもし良ければ」

一人目が扉のノブを握ったところで、テュークロッスが声を放った。
驚いた顔をして二人が振り返る。赤髪の騎士団長は複雑な顔をして立っていた。

「今宵、一度で構わぬ。犠牲になった二名の騎士の為、女神に祈ってはくれないか」

瞳には何らかの感情が暗い影を落としている。

「そして祈ったなら、此度の件と共に……彼らのことも永久に忘れてくれ」

二人は静かに頷き、部屋を後にした。
音を立てないよう細心の注意が払われ扉が閉まる。
彼らを見送り、テュークロッスはじっと扉を見つめていた。


「…………しばし行動は控えよ」

気だるげな調子に変わって呟くと、すぐさまジェラルディンは答えた。

「はい。先程の男の話では、どうやら野良犬共は転移魔法を利用できないようです。多少放しても、さほど遠くへ行くことはできないでしょう」

言いながら、ジェラルディンは窓の外へと視線を馳せた。

壁一面の大きな窓。外は雨が上がり、薄っすらと明るさを取り戻し始めている。

「ふむ……結局、あの青年の話はろくに聞くことができなかったな」

テュークロッスは、溜め息交じりに言って再び椅子に腰掛ける。
ジェラルディンは勢いよく振り返った。

「申し訳ありません。リンクパールを所持している危険を考慮し、気取られてからでは遅いかと」

先程、主から指示が出る前に行動したことを気にしているようだ。
ジェラルディンの表情は仏頂面のままだが、口調が少し重たい。

「いや、それで良いのだ。私の部下は皆優秀だ」

満足したように言うが、主の声には若干疲労の色が混じっていた。
思わぬ事態に対して可能以上の迅速さで対処をし、ようやっと一段落付いたことになる。

さすがにくたびれたのだろうが、それでも彼は鋭さを失わなかった。

「野良犬に冒険者が絡んだことが気にかかる。もっとも、野良犬の戯言を真に受けるほど冒険者が愚かではないことを祈るが……。奴等が行動に出た場合に備え、念の為モノを用意しておけ。冒険者には、自分達の力で何でも可能にできると勘違いしている哀れな輩が多いのでな」

立ち上がり、大きな壁掛け時計を見上げた。
ジェラルディンは主の椅子を引きながら口を開く。

「差し出がましいようですが……あちらは上手くいったので?」

その恐縮しきった声を受け、主は空気が凍りそうなほど冷え切った横顔になる。

「ふん、『ドラギーユ家に仇なす者』とちらつかせれば途端に声を潜めたわ。報告を求められた際に使うモノも用意しておく必要があるが、まぁ、それはすぐでなくとも良い」

テーブルを離れ扉へと向かう主の後にジェラルディンが続く。赤髪の騎士団長は扉の前で振り返った。

「貴公は通常の執務に戻れ。城内の者にいらぬ圧などをかけぬようにな」

「はい」

「野良犬に当たらせるのは今のところあれだけで良い。他は離れよ」

「承知しました」

淡々と返事を返す部下に頷いたが、そこでふと思い出したような顔をする。

「そういえば、冒険者の中に年頃のヒュームの娘がいたようだが?」

主の着眼点を想定していたように、ジェラルディンは即座に答える。

「野良犬との間には何の関係も見出せませんでした」

報告を聞き、テュークロッスは顎に手を当てて思案顔になる。
再び時計を見やった。

「……一度私の目でも確かめる。その娘も殺さずに捕らえよ」

部下に視線を戻し、『他は構わん』と付け加えた。

外套を翻して歩き出す彼を早足で追い越し、ジェラルディンはすかさず扉を開け道を作る。
そして主が部屋を出る際に、低い声で答えた。

「必ず」



   *   *   *



両手剣を背負った青年からこちらへと視線を向けたヒュームの娘は、口をきゅっと引き結び、予測の付かない恐怖と戦っているような顔をしていた。

あの人達に抱かれていた頃と変わらないハニーブロンドの髪。
白い肌、青い瞳、幼さの残る優しげな顔立ち。

知ってほしい。
余すことなくすべてを伝えたい。

真っ向から与えられた『伝える』機会に、ノルヴェルトの全身は震えた。
緊張と、伝えることによって容赦なく跳ね返ってくるであろう現実への恐れ。
しかも今のこれは、ノルヴェルトの望む状況とは異なる。

伝えたい人だけに伝えることは許されない。

同席する五人の耳もそれを聞いているのだ。

このような状況で話をするなど、ノルヴェルトにとってはとんでもないことだった。

この中にテュークロッスと通じている者はいないと確証がないからではない。
いや、当然それもあるのだが、それが主な理由ではない。

何よりも、自分とは異なる時代を生きてきた冒険者の若者達が、自分の話を聞き、声に出さずとも胸の内で『感想を抱く』ことがとても嫌だった。
理解などできるはずがない。

「……私、今回は聞きます」

視線を落としたままノルヴェルトが押し黙っていると、不意にトミーの声が届いた。

「ちゃんと聞いてますから……」

ノルヴェルトは無意識の内に、すがるような目を彼女に向けた。

聞いてほしい。伝えたい。

彼女が自分のことを見つめている。
しかし――すぐに視線を他の者へ移し、目付きを鋭くしてしまう。


駄目だ。

こんな状態では……少なくとも……。


「……何なら僕、外しますよ」


沈黙している室内でぽつりと呟かれた。
呟きの主、パリスに皆の視線が集まる中、彼はゆっくりとソファーから腰を上げる。

「お前にも聞く権利がある」

素早くダンが言葉を投げるが、パリスは薄っすらと笑みを浮かべて首を横に振った。

「僕がいない方がスムーズに進むなら、みんなの邪魔はしたくないからね」

そう言って扉へと歩き出すパリスの背中にトミーは目を見張った。

――パリスさんにもいてほしいです!

叫びそうになるが、言葉を飲み込んで唇を噛んだ。

これ以上巻き込んじゃダメ。

そう自分に言い聞かせ、眼差しだけがパリスのことを必死に引き止めた。
パリスは振り返らない。
トミーの隣でリオは『またこいつ…』という顔をしてパリスの背中を睨んでいる。

「……チッ……お前なぁ…」

扉の横に立っているダンは、ドアノブを掴んだパリスに舌打ちして小さく呟く。
パリスは握ったノブに視線を落としたまま、自嘲の笑みを浮かべながら『ごめん、ごめんね』と小声で繰り返して部屋を出て行ってしまった。

そんな行動をされたら、関わりたくないのだなと思われても仕方が無いではないか。

案の定、トミーはしゅんと肩を落として唇を噛んでいる。
彼女の姿を見て苛立ったダンは歯噛みし、ノルヴェルトに鋭い視線を向けた。

だが、ノルヴェルトとしては願ったり叶ったりである。
何と言われようと、やはり、駄目なものは駄目だ。
今や殺意の象徴とも言えるエルヴァーンがいる場で、語ることなどできるはずがない。

それぞれに思うことがあるような顔をして、部屋にいる皆は徐々にノルヴェルトへ視線を戻した。


もう、このあたりで腹を括るしかない。


ノルヴェルトは目を閉じると、失った大切な人達の顔を一人ずつ思い浮かべた。
その人達の向こう側には、たくさんの戦士達、魔道士達、難民達。

自分にとってあまりにも大切過ぎるその人達を人に晒すことが、こんなにも恐ろしいとは。
漆黒の鎌を抱き締め泣き叫んでいたあの頃は、想像もできなかった。



「……テュークロッスが追っているのは……ある戦士団のリーダーとその妻、そして私だ」

俯いて目を閉じていたノルヴェルトは、顔を上げると鋭い目を開いた。

「リーダーの名はマキューシオ。彼が率いていたのは軍所属ではない、独立した戦士団だった。後に妻となったスティユは当時、マキューシオの補佐を勤めていた」

皆は話に登場した耳慣れない人物の名前を心の中で復唱する。

「私は……その戦士団に命を救われた難民の一人だ。家族や他の難民達は皆、獣人に殺された」

――と、そこまで聞いていて、ダンは違和感を覚えた。

ノルヴェルトはどう見てもトミーではなく、ダンを相手に話をしているのだ。
あんなにもトミーとの対話を望んでいたはずなのに、なぜ。

「戦士団は獣人との戦闘ではなく、民の救済を目的としていた。焼き出された難民を無事な町まで誘導する活動を行っていた。私は当時まだ十四だったが……行く当てもなかった私を、マキューシオは仲間に迎えてくれた」

苦しげな表情になって一旦言葉を切るノルヴェルト。
何かが彼の脳裏で彷徨っているようだ。
それが何なのかは、冒険者たちには分からない。

やがて、呼吸を整えたノルヴェルトが語ることを再開する。

「私はマキューシオともう一人、フィルナードというエルヴァーンの男から剣を学んだ。……これはその、フィルナードの形見だ」

手を添えたのは、背に携えた漆黒の大鎌。

新たに登場したエルヴァーンの名に皆が注目した。
『そのエルヴァーンの男が何かしたんだな』と、リオは頭の中で早合点している。
憎しみの対象である相手の形見を大事に持っているのはおかしいのだが、そこまでは考えていないらしい。

「……形見?」

しんとした中で、寂しげな呟きがぽつりと零れた。
声の主であるトミーと目が合った瞬間、ノルヴェルトの喉に感情が込み上げる。
だが必死に堪え、ノルヴェルトは目を閉じた。

「……私は、あの人もすぐに陣まで戻ってくるのだと思っていた。無力にただ信じていた。あの人が視覚のほとんどを失っているとも知らずに」

皆は怪訝な表情を浮かべている。

「フィルナードは戦場での負傷が原因で目が見えなかった。その事実を知っていたのはマキューシオのみ。フィルナードは私を陣へ帰し、自分は獣人軍の前に立ちはだかり……みんなに時間を与えてくれた」

そこまで聞いて大体の状況を察し、女性陣は息を呑む。ダンは厳しい表情をした。

「その師だけではない。終戦間際のその大きな戦闘で、五百いた仲間達はほぼ全滅した。終戦を迎えられたのは、片腕になったマキューシオとスティユ、ミスラの戦士セトと、私だけだった」

まるで挑むような強い眼差しをダンに向けて語るノルヴェルト。


ダンはようやく理解した。


――こいつは光栄なこった。


大鎌を背に携えた銀髪のエルヴァーンは今、長年捜し求めてきたという娘に語っているのではない。
避けて通れない相手――この場で最も説き伏せるべき相手に語っているのだ。

つまりダンのことを、この場のリーダーとして認めたことにもなる。

道理で言葉の一つ一つに『理解できはしないだろう』という響きが混じっているわけだ。
『分かってくれ』と語る必要は無い。
彼が相手にしているのはダンなのだから。

「テュークロッス達と出会ったのは……その大きな戦闘が起こる少し前だ」

ノルヴェルトの声が低く落ちた。

「私達は難民と共に三人の騎士を荒野で回収した。テュークロッスとその父、部下のジェラルディンの三人だ。軍とはぐれたことに恐怖し、一刻も早くサンドリアに戻りたがっていた。私達に救われたにも関わらず、頭にあるのは己の栄誉といかれた誇りだけ。奴らは私達のことを蔑んでいたが……それでもマキューシオは敬意を示し、仲間達もその姿にならっていた」

ぱちりと暖炉の薪が一際大きく音を鳴らす。

「そして、例の大きな戦闘があった。獣人共は私達の数では到底太刀打ちできない数で攻め寄せてきた。その時に……」

そこまで強い口調で語っていたノルヴェルトが、視線を落として勢いを失った。
ここに重要なことが含まれているのだとダンは直感する。


「泣き叫ぶ難民の赤ん坊に剣を向けたテュークロッスの父を…………マキューシオが斬った」


――これか。


話を聞いていた冒険者たちが、その言葉に目を見張った。

再び沈黙の内に騒然となった室内の空気を感じ、ノルヴェルトはダンに鋭く視線を向けた。
堰を切ったように感情が溢れ出す。

「あの男は赤ん坊を庇おうとしたスティユもろとも斬ろうとした!奴らに対する不満が頂点に達したみんなを代表してマキューシオはあの男を斬った!!最後まで驕り高ぶるだけで奴らは何も協力しなかった……当然の報いだ!」

声を荒らげたノルヴェルトはダンに憤っているかのように語る。


この銀髪のエルヴァーンは、どうしても、そのマキューシオという男を守りたいのだな。


師に対してわずかな疑問を抱くことも許さんと言いたげなノルヴェルトを、ダンは見つめる。

腕組みをしたままじっと聞いているダンを睨み付けながら、ノルヴェルトは内心怖くて堪らなかった。

恐ろしくてとても見ることができない。
暖炉の前に蹲っている娘のことを。

マキューシオは『殺した』んじゃない!
『護った』んだ!

お願いだ! 信じて! 信じてほしい!



私を、信じさせて。




不意に心の中で脆さが身をもたげたので、ノルヴェルトは頭を振って奮い立ち表情を険しいものにした。

「……テュークロッスとジェラルディンは、終戦から四年後、再び私達の前に現れた」

口調は先程の、ダンに言って聞かせるような調子に戻っていた。

「その頃、私達はサンドリアで暮らしていた。戦争を生き残った四人、それから……マキューシオとスティユの娘……ソレリと」

視界の隅で、トミーが身を硬くしたのが映った。

他の皆ももう予想がついているらしく、衝撃を露にして絶句している。
ロエは心配そうにトミーの横顔を見つめ、リオは手元を凝視して固まっていた。
ローディはちゃんと話を聞いているのかいないのか、小指を立てて優雅にお茶をすすっている。
トミーとダンの二人は目を逸らすことなく、ノルヴェルトのことをじっと見つめていた。

「奴らは、ソレリを連れて出掛けていたセトを突然襲撃した。家に帰ってきたのは……セトの血にまみれたソレリだけ。……セトは……帰ってこなかった」

ノルヴェルトの表情がじわりと滲み出た感情によって歪む。

「マキューシオが問い詰めると奴は答えた。『貴様達は見たからだ』と。父親の愚かな死に様をな。裁きを下したマキューシオだけではない……奴は、あの出来事を知る者すべての抹殺を望んでいる。あの時私達が必死に守った難民達にまで手をかけて」

耐えられずに小さな嘲笑が零れた。

自分で口にしてもまったく理解できない。
正気の沙汰ではない。

「その日から私達の逃亡生活が始まった。私はすぐにでもあの男達を刈り殺してやりたかったが、マキューシオがそれを許さなかった」

記憶を辿りながら語っていたノルヴェルトは、そこで不意にびくりと言葉を閉ざした。
まるで、記憶を辿っていた手に恐ろしいものが触れたかのように。

すぐさま目を逸らし、間を置かずに続けた。

「そんな逃亡生活の中で、獣人に襲われ幼いソレリが生き別れてしまった。私はソレリを守ることができなかった……。しかしヴァナ・ディールの何処かに、女神の奇跡で蘇っているかもしれないと、思った。だがソレリが何処のクリスタルで祈りを捧げていたかなど知らなかったし、当時は追っ手からの執拗な襲撃に遭っていた。ろくに捜しに行くこともできなかった」

心なしか急ぎ足になった語り口で進めるノルヴェルトに皆は眉を寄せた。

よく分からないが、何かが飛ばされたような気がする、と。

しかしそんな疑問は後回しにした。
彼がいよいよ最も重要な事実を語ろうとしているのを予感していた。

「……テュークロッスの刺客に追われながら捜し続けた……十七年だ」

感慨深げな声でゆっくりと言うノルヴェルトは、核心をすぐには口にしなかった。
何処か遠い、とても遠い場所を眺めながら言っているような、彼の言葉が部屋に溶け込む。




「…………わた…し…?」


皆が身構えていた核心に触れたのはノルヴェルトではなかった。
トミー自身が、彼の言わんとしていることを口にしたのだった。

なぜ言ってしまうんだという目をして、ロエとリオがトミーに驚愕の表情を向ける。
ノルヴェルトは、ダンを見据えていた時とはまるで違う眼差しで、トミーを見つめた。

傷と、罪と、痛みと、悲しみがないまぜになった瞳が、微かに揺らぐ。

「……そう……貴女です」


口笛をひと吹きしてにんまりと笑ったのはローディ。
ロエとリオは思わずダンを振り返った。

ダンは動じることなく、表情も変えない。
ただ、ゆっくりと目を閉じた。



<To be continued>

あとがき

お待たせしました、第二十一話です。

ノルヴェルトが語るべきことを語る回になりました。
続きます。