笑みによる別れと歓迎

第三章 第十四話
2006/09/24公開



店の外に出てそのまま数歩進んでからぴたりと足を止め、酒場を振り返った。
いよいよ夜が明け始めた白んだ空の下、表情を険しくすると舌打ちをする。

「……あくまで相手にする気無しってわけか」

そう歯噛みするダンは、あの男が言ったことはでたらめであるとすぐに見抜いていた。
寄りによってエルシモ地方などとかけ離れた場所を口にするとは、挑戦的もいいところである。

人通りも疎らな通りを何となくぐるりと見回す。
再び激しく焦燥し始める己に気付き、心を静めようとじっと足元に視線を射して黙考した。

まさか変態がすぐに見つからないとは……。
予想していなかった厄介な事態に焦りは一層深まる。

トミーが攫われてからもう、どのくらい時間が経った?
ノルヴェルトというあの男が馬鹿でなければ、もう、とうに町は出ているはずだ。

町を出て何処に向かう?
バタリア丘陵?ロランベリー耕地?ソロムグ原野?もしやクフィム島か?

行動の予想など、つくはずがなかった。
彼について、ダンは何も知らな過ぎた。

そもそも、なぜあの男はトミーを攫ったのだ。

こちらの仲間を……斬ってまで……。


あんな男とトミーが共にいるなんて、考えただけで頭がクラクラする。


ノルヴェルトの行動はどこか突拍子がなくて、何か掴めるかと思うとまったく予想だにしない行為に出る。

その不可解な行動は何だ。

誰か、いるのか。

あんたの向こう側に、誰かが。


あらゆることを考えようとするが、頭の中はトミーの記憶と後悔と疑問で荒れ狂い、推理なんて穏やかなことは到底できそうになかった。



“天晶堂だ”


「――だ?」

突然、何の前触れもなく聞こえてきた声。
ダンは変な声を漏らして顔を上げた。

慌てて辺りを見回すが近くに人の姿はなく、空耳だろうかと考えるがそうは思えない。
一通り周りを探ってから、遅れて、今の声はリンクシェルからの声だったと気が付いた。

腰に引っ掛けてある小さなポーチに視線を下ろし、中を探ってみる。
リンクシェルからの声と言っても、今のは聞き覚えの無い声だった。
いつものメンバーの声ではない。張りのある男の声が。

ポーチの中を探ると、いつも携帯しているブルーのリンクパールとは別のパールが一つ出てきた。

純白の、ダンにはまったく覚えの無い魔法の真珠が一つ。

ダンはそれを手に取るとしげしげと見つめ、それに意識を集中させた。

“誰だ?”

尋ねてみたが、その瞬間にぼやけた金属音のような響きがダンの頭の中に跳ね返ってきて眉をしかめる。
それはリンクパールの魔力が失われている証明。
メインのリンクシェルが割られ、このリンクパールの魔力が失われていることを意味していた。

――誰かがこれを自分に持たせて、すぐに割った?


光を失ったその白いリンクパールをじっと見下ろすが、ダンはすぐにそれをポーチに投げ込んだ。
そして直ちに駆け出す。

向かう先はここジュノ下層にある、裏的な面を持つ商業機関の本店。

天晶堂。
あそこに奴はいるのか?

誰から与えられた情報かは知らないが、やり方からして妙に信用できる。
どうかその情報通りあの男に出会えることを心底願うダンであったが、天晶堂へと走る彼の頭の中は、攫われたヒュームの娘のことで埋め尽くされていた。



   *   *   *



ダンは『ここを動くな』と言って出て行ったきり、連絡を寄越さなかった。
それは、誰もが予想していた沈黙だった。

また最初の位置、部屋の奥の隅へと身を縮めたリオは、疲れが出たのか膝の上に組んだ腕の中に顔を埋めたまま静かに眠りに落ちていた。
泣き顔を見られるのが相当嫌だったのだろう。
彼女はあれからずっと顔を伏せたままだった。

リオが眠っていることに気が付いたパリスが、ゆっくりと静かに身を起こす。
ベッド脇に落ちていた毛布を拾い上げてリオにそっとかけてやる。
その様子をぼんやりと眺めていたロエにパリスが小さく微笑むと、彼女はうっと表情を歪ませて俯いた。

ダンが出て行ってからずっと、部屋の真ん中にぽつんと立ったままのロエ。
じわりと泣いては落ち着こうとゆっくり深く呼吸をする行為を繰り返していた。

今もまた泣きそうになり、ぎゅっと手を握って涙を零すまいと耐えている。
パリスはそんな彼女を見て困ったように笑みを浮かべる。
リオを起こさないように静かな溜め息をついて、部屋の中を見渡した。
部屋の中は先程リオが暴れたせいで、結構な荒れ具合である。

そういえば、数分前にここのモーグリが来たような気がした。
気配はあったが、部屋の空気に怯えたのかすぐに姿を消したようだった。
勝手に部屋を散らかした申し訳なさを感じつつも、片付けをする気力を持ち合わせていない無様な自分にパリスは苦笑する。
内心『ごめんね』とここの住人とモーグリに謝って、パリスはベッドに腰掛けた。


針が落ちる音も聞こえるような沈黙。
ここでじっとしているという無力感のようなものが部屋を満たしていた。

絶望したリオと失意のロエが、ただ待つことだけを課せられてこの部屋にいる。
パリスは普段ならポジティブな言葉を駆使して二人を鼓舞するところであるが、今日はそうもいかず。
口を引き結んだ神妙な顔をして組んだ手をじっと見下ろした。

――僕はこの人達を……。


傷は塞いだものの、全然力の入らない自分の体を見下ろして小さな溜め息をつく。

すると、ロエが何の前触れもなく魔法を詠唱し始めた。
突然のことにギョッとして身を乗り出すパリスだったが、詠唱はすぐに完了する。
蹲って眠っているリオとパリス、そしてロエ自身に守護の光が煌めいた。

転移魔法でも詠唱し始めたのかと思ったパリスはぽかんと口を開けたまま彼女を凝視する。
じっとしていることをやめたロエは、背中に杖を収めて踵を返した。
そして、床に散乱している本や小物などを小さな手でせっせと拾い上げ始める。
小さな彼女の健気な行動を見て、パリスは掛ける言葉を選びながらベッドから腰を浮かせる。

しかし、声を掛ける前に、ロエの動きが止まった。
半端に口を開けたままパリスが目を瞬かせて彼女の様子を見ていると、数秒間静止したロエは、数冊の本と壊れた時計を胸に抱いたままはたりとその場に座り込む。

何処か虚空を眺めているような彼女の後ろ姿に、パリスは恐る恐る呼びかける。

ロエはパリスを振り返ることはせず、その場で身を小さくするとしばし沈黙した。


「…………パールッシュドさん……」

掠れたか細い声が小さな背中から聞こえた。
パリスは『ハイ』と上ずった返事を即座に返す。

ロエは胸に抱いた物をさらにギュッと強く抱き締めた。
まるで、別の何かを必死に抱き締めているかのように。

「こんな時に…とても不謹慎だと思うんですけど……」

『こんなこと思ってる場合じゃないと思うんですけど……』と、前置きを繰り返すロエ。

「どうしました?」

パリスはそっとロエの隣りまで行くと、『よいしょ』と言いながら床に足を放り出して座った。
長い前髪が掛かって表情の見えないロエの横顔を見つめて、次の言葉を待つ。

「…………両想いの……」

怖くて堪らないとでも言うような、ロエの小さな背中。

「両想いの女性がいる人を好きになってしまったら……どうすればいいんでしょう…」

疲れ果てた、悲しい声。

パリスは、昨晩只ならぬ空気を察して自分がダンの部屋から退室した後の出来事に、彼女は震えているのだなと察した。

「ん~……ロエさん、いつからなんですか?」

そう言ってみると、タルタル魔道士は首を横に振った。

「分かりません。私もつい最近……気が付いたので……。でも、ずっと好きだったみたいで……」


「馬鹿みたいですね、私。お二人がどんなに相性が良いのか散々近くで見てるのに……。トミーさんはとても優しくて可愛くて、ダンさんはトミーさんのことをよく理解しているし……。…...あんなにお二人がピッタリなのを、見てるのに」

堰を切ったように話し出すロエは尚も言葉を続ける。

「ダンさんを支えたいって頑張っても、一番深いところでダンさんを支えてるのはやっぱりトミーさんで。私じゃダメなんです。私……トミーさんが羨ましくて、嫉妬して。私が何をしたってお二人の間には入れないのに……。それに私はタルタル族で、どんなに頑張ったって他の種族の女性には敵わないんです。ダンさんの眼中にないんです、私なんか……」

「ロ~エさん」

次から次へと捲くし立てるロエの肩をパリスが突付いた。

「恋してる時にそんなに自分をダメダメ言っちゃダ~メですよ」

困ったような声でパリスが言うと、髪の向こうでロエの表情がハッとしたのが分かった。

以前からロエが自分の種族にコンプレックスを抱いていることは、パリスも何となく知っていた。
しかしそのコンプレックス発祥の訳が、あの男への恋心だったとは。
今考えればそうとしか思えない節はいくらでもあったかもしれない。
逆に、なぜ気付かなかったのか不思議に思えるくらいだ。

ロエが言ったように、あの二人の関係があまりにも完璧に出来上がっていたので、他の誰かが、という発想が浮かばなかったということもあるだろう。

言葉を失った彼女に対して次に掛ける言葉を考えていると、ロエが小さく笑う。

「……そうでした……私……」

「ハイ?」

「出会って間もない時に、ダンさんに怒られたんです」

顔を上げ、何処かを見つめながら思い出したように言うロエ。
彼女の横顔を眺めて、流れ的になぜ今そのことを言うのかパリスは解せなかった。
しかし何かを言わなければならないような気がして、よく分からないくせに言葉を口から締め出す。

「えぇ……よくキレますからね、あの人は」

「私は全然取り得もないし、白魔道士としてしか必要とされないって。このリンクシェルに加えていただいたばかりの頃に……ダンさんに愚痴を……」

「僕ぁリーダーなのに仲間外れ♪」

「はっきりと言われました。『白魔道士だから仲間にしたんじゃない』って。『俺達の価値観まで否定しないでほしい』って、凄く怖い顔で」

そう言うロエの頭の中には、その日のダンの姿が今でも色褪せずに残っている。
勇気を出してリンクシェルに入れてほしいと申し出て、パールを受け取った日のことだった。
歓迎会をしようと言い出したパリス本人が急用でサンドリアに行かなければならなくなり、マウラの宿屋でロエとダンの二人で待ちぼうけをくらった時の出来事である。

「私、あんな風に怒られたの初めてで……とても怖かったんです。でも今思えば、あの頃からだったかもしれません。ダンさんに惹かれたのは……」

パリスは色々と思うことのあるような顔をして口を歪ませる。

「……なーんか、ダンのこと憎らしく思えてきた」

天井を仰いで苦笑いした。

まったくダンらしい……理屈っぽい言い分。

ロエは控えめで思いやりがあり、種族が何であれ、関係ないほど充分女性の魅力を持っている。
ダンがロエの気持ちに応えてくれないからと言って、ロエが『駄目』だということにはならない。

そんな言葉を頭の中で練っていたパリスは、ダンと自分の差をはっきりと理解した。
それにしても、叱り付けて女性を惹き付けるとは……それはもう彼の特許としか言いようがない。
例え自分が同じ事を言ってもそのようにはならないはずだと、パリスは内心苦笑した。


「……パールッシュドさんは?」

「――れ?」

いきなり振られて、パリスは素っ頓狂な声を出して隣りのロエに視線を下ろす。
見ると、ロエがじっと見上げていた。

「どうなんですか? パールッシュドさんは……」

「……ん? ちょ、待ってくださ?」

静かにパニックに陥り、何処か密林にいそうな鳥のように『え?』を繰り返すパリス。

完全に自分のことは棚の上だと思っていた様子のパリスに、ロエは苦笑いを浮かべて見せた。
まるで『私は分かっている』という風な顔のロエ。

パリスは『ん~? あぁ~……』と声を漏らしながら、自分の髪をかき混ぜる。
どうやらパリスは、ロエが言わんとしていることを察したようだ。

「え~……そうか……ロエさんにもそう見えますか……?」

苦々しく笑うパリスに、ロエはこくりと頷いて見せる。

「うわ~~やっぱりそう見えるんだなぁ~~」

くしゃくしゃにした髪を手で簡単に梳かすと、困ったように笑いながらのそりと立ち上がる。
まるで逃げるかのようにロエの隣りを離れた。

意味もなく部屋の中をうろつきながら、あちこち見回しつつ腕組みして唸るパリス。
その間、ロエはじっと彼から視線を離さない。

言い逃れは許さないとでも言いた気なその視線をひしひしと感じつつ、パリスはおもむろにさ迷う足を止める。
眠っているリオにじっと視線を落ち着かせた。


「…………あー……つらい」


ふざけた口調でそう零すパリス。
しかし彼の横顔にはまったくふざけた様子はなく、その後すぐに表情と同じ真面目な声で続けた。


「僕ぁ……トミーちゃんのこと、好きですよ」


言葉に詰まりはしなかったが、非常に言い難くそうな重たい声であった。
ロエはパリスの方に体を向けて座り直したが、彼の表情は見えない。
顔を見せないまま、パリスはスラスラと言葉を続けた。

「でも、僕が好きなのは――ダンのことが好きなトミーちゃんですから。ダンに守られてて、安心してぽけ~っとしてるトミーちゃんが好きなんです」

固まったままの彼の背中。

「それに、トミーちゃんを大事に思って不器用に翻弄されてるダンのことも好きです。当然、優しいロエさんのことも大好きですし、リオさんも面白い人だから好きですよ」


――ずるい、と思った。


なぜか自嘲気味の声で一気に言葉を並べるパリスの背中を見上げて、ロエは眉を寄せる。
恐らく勘違いではないだろうという多少の確信があったから、ロエにはパリスのその言葉達がずるいと思えた。

私は正直に言ったのに。

ロエがこればっかりは口に出そうと不満の表情で口を開く。

「なーんて。……こんなことも、もう言えなくなっちゃいますけどね」

「え?」

不意にパリスが付け加えた言葉が、ロエの不平の言葉を封じた。
ロエは本と時計を胸に抱く力をふと緩めて、『どういう意味ですか?』と尋ねる。

「僕ぁもう……みんなと……仲間でいられないから」

諦めたような声で言いながら、ロエを振り返ってにこりと笑うエルヴァーンの青年。
そして離れた床に置いたままになっていた自分の剣の元へゆっくりと歩いた。

「僕には『みんなが好きだ』なんて言う資格、なくなっちゃうから」

落ち着いた動作で自分の細身の剣を拾い上げる。
腰に収めて、そのままじっと剣を見下ろす。
ロエには何が何だかまったく分からず、無意識に本を胸に抱く力を強めた。

「……何を言って…?」

「酷過ぎて自分でも笑っちゃうけど、もう行かなくちゃ」

はははと笑うパリスの声は、完全に何かを軽蔑したような響きを持っていた。
口は引きつったように苦笑を浮かべているが、目は全然笑っていない。
そして彼は、腰に下げたポーチに手を入れると、そこからするりと小さな袋を取り出す。

パリス達四人がメンバーのリンクシェル、『NURSERY TALE』のパールサック。
基本的にリンクシェルのリーダーが持っている、リンクシェルの本体みたいなものだ。

そんな大事なものを取り出して、しげしげとそれを眺めながら、俯いたこもった声で言う。

「……恨んでくれていいです。その方が僕も、気が楽ですし」

そしてパリスは、テーブルの上にそれを置いた。

「パ……パールッシュドさん?」

そう彼の名を呼ぶロエの声は恐怖に強張り、小さな体は震えていた。

彼女の呼び掛けに振り返ったエルヴァーンの青年は、『そう』と小さく頷き、自嘲気味の微笑を浮かべて言った。


「僕ぁ、パールッシュド」

痛みの滲んだブラウンの目を細める。

「パールッシュド・K・セルズニックなんですよ」



   *   *   *



ダンの頭の片隅には様々な疑問が渦巻いていたが、それ以上考える余裕はなかった。
それらを無理やり振り払い、天晶堂のことを思い出す。

天晶堂というのはブラックマーケットを牛耳っている商業組織だ。
連中はあまり大きな声では言えない取引を扱っているため、日の当たらない裏の場所で力を持っている。
それなりにランクの高い冒険者達は、連中と一度は接触したことがあるだろう。
稀少な密漁品等を始め、なかなか手に入らないものを手に入れるなら天晶堂と取引をするのが一番確実だからだ。
他でもないダンも、天晶堂の取引に手を貸してやったことがある。
何かと便利なので会員制を設けているその天晶堂の会員にもなっている。
といっても、別に特別仲良くしているわけではないが。

世界に数店舗存在する天晶堂の本店がここ、ジュノの下層にひっそりと構えられている。
通り沿いにある一見極普通の宿泊施設の奥に……。

宿屋に入ると、受付が立って挨拶をしているカウンターの前を大股で横切った。
客室が並ぶ廊下を進み、奥まったところにある扉を勢い良く押し開ける。

他の部屋の扉と同じ仕様の扉であったが、開いた先にあるものが他とは全く異なる。
扉を開くと目の前には下りの階段、薄暗くて長い石造りの階段があった。

足音を響かせながらそれを下る。明かりが灯った場所に扉と見張りの男が一人。
番犬のような、相当の強面である見張りのヒュームの男がじっとこちらを見つめたが、ダンはその男に一瞬すら見向きもせずに真っ直ぐ扉に向かう。
見張りの男はダンに見覚えがあったようで、警戒心を露にすることはなかった。

しかしじっとダンを見つめると、ゆらりと扉の前に立ちはだかった。

「今はちょっと入れねーよ」

やはり、今ここは日常とは違った状況になっているらしい。あの変態がいる確率が跳ね上がった。

「あんたらのボスに呼ばれたんだよ」

歩みを止めぬままそう言うと、ダンは面倒臭そうに男を押し退ける。
当然そんなことは嘘だが、毅然とした態度で大きく出た方が押し勝つとダンはよく知っていた。
今までもこの手法で色々なことを……乗り越えてきたので慣れたものである。

そうして見張りの男は疑問を抱く時間も与えられぬまま、呆然とダンに入室を許してしまうのだった。

扉の向こうは明るかった。
やや天井が低めの、石が剥き出しの冷たい壁に囲まれた大きな部屋。
生活空間ではないので家具はなく、殺風景な場所であった。

その広間の所々に何やら荷物が詰んであり、見えないようにシートがかけられている。
広間には天晶堂の人間だと思われる者が数人いた。
赤と黒の物々しい装備で格好が統一されているので、天晶堂の人間はひと目ですぐに分かる。
ざっと見た限り、やはり客らしき人間の姿は一人も見られなかった。

「おい…っ」

ダンが目指すは広間の奥にある天晶堂のボスの部屋。
ずかずかと真っ直ぐにその部屋に向かうダンに対し、彼の登場に呆然としていた店の連中が思い出したように静止を求める声を放った。
見張りの者がダンを追って中に入り『ボスに呼ばれたと言ってる』とどもりながら言うが、他の連中も、それを言っている本人もおかしいと感じたようで、広間の空気が一気に緊張した。

「待て!」

今度ははっきりと命令する。
ダンは無論、止まりなどしない。
連中が取り押さえる前に、ダンは躊躇いもせず目的のドアを開け放った。


「先日の件で銃士隊も我らに落ちた」

開いた直後、部屋の中からそう言う男の声が聞こえた。
そして部屋の中央に置かれたテーブルの椅子に足を組んで座っている男の姿を見て、今の声はあの変態のものだったと分かる。

居た。

数人の仲間達が囲むようにして控えている中、座っているのは、容姿端麗のヒュームの青年。
不意に、控えている彼の取り巻きの口から『…D!』という驚きの呟きが漏れる。
普段なら見張りからすでに情報を得ており当然な顔で迎えられそうなものだが、その様子からすると本日見張りはいなかったようだ。
それだけ人手を余所に集中させて何かしているのだろう。
例の『ビッグイベント』とやらで。
連中が何をしているかは、何度も言うようにどうでもいい。

涼しい顔をして話していたローディは、登場したダンを横目に見て一旦言葉を切った。
しかしすぐに視線をテーブルの先に戻して話を再開した。

「何なら俺が先方に一言言ってやっても良い。キャパ以上のことを強行するのはセンスに欠けるぞ」

フードを下ろした真っ赤なクローク姿のローディは、その格好の派手さに一歩も引けを取らないその端麗な顔に微笑を浮かべた。

「面白そうな話があったら持って来い。面白ければいくらでも手は貸す」

不気味な程に落ち着いた口調でローディが語り掛けているのは、テーブルの向かい側に座っている天晶堂の若きボス、アルドだ。
やはりあちらも組織のボス、脇には数人の仲間が控えてローディ達に強い眼差しを向けている。

大陸から離れた異文化を思わせる装束を身に纏っているアルドは、唇に笑みを浮かべてローディの話を頷きながら聞いていた。

この二人の関係は一体……親しい仲なのだろうか?


「が、今はイベントの真っ最中で余ってる手は殆ど無い。おまけにしばしの間、俺は席を外すことになったから当分はご無沙汰だのぅ」


――と、ローディは微妙に普段の口調になりつつ簡潔に話を締めくくった。
そしてテーブルに肘をつくと、ドアのところで突っ立っているダンに視線を向ける。

「にゃー? ダーリン☆」

色々な意味でギリギリ【無邪気】といえる顔をしてそんなことを言うローディ。
部下は先程見た通りのようだが、彼はダンがここに来ることを知っていたかのよう。

自分にこれの居場所を伝えた人物が誰なのかダンは非常に気になったが、とりあえずはそんなことは後回しで良かった。

ローディはさらりとした金髪を揺らして首を傾げると、そのスカイブルーの目を細めて笑った。



「ようこそ、俺様のもとへ」



<To be continued>

あとがき

第十四話『笑みによる別れと歓迎』でした。

守りたいものがある時、人はどうしても無理をします。
何が大事なのか、選ばされる。

ダンも選択し、突き進んでいきますね。
物語は、さらに厄介な方向へ進んでいきます。