再会

第三章 第十二話
2006/07/17公開



約束の時間に三十分遅れてノルヴェルトが姿を現した時、ダンは苦笑して『だろうな』と言った。

ノルヴェルトは、多少戸惑いはしたものの、やはりトミーと会う決意を固めた。

約束の時間に姿を見せなかったのは、相手の出方を探るためだった。
それでも三十分で踏み出してしまった自分を、ノルヴェルトは内心で叱責する。
どんなことがあっても油断するな――そう言い聞かせながら、心は少しも静まらなかった。

待ち合わせた競売所前から移動する前に、ダンがまずノルヴェルトに対して断った。

ノルヴェルトを害するつもりはない。
しかし自分達が武装しているのは妥協するようにと。

そこは妥協するしかないと反発は見せずに大人しく肯定した。
だがノルヴェルトはその返しで『自分も武装を解く気は無い』と宣言する。
睨み付けながらのその発言にダンは小さく苦笑して承知の意を表した。
そのやり取りの末、ダンは急ぐわけでもなくゆっくりとした歩調で歩き始めた。

やはりもう夜も遅い。
通りから離れるにつれて、人の気配は薄れていった。
ノルヴェルトは一定の距離を保ち、ダンの背を追う。

ダンは一度も振り返らず、案内めいた言葉も発さない。
それは敵でも味方でもない、あくまでも『他人』というスタンスを守るというダンの無言の意思表示。

冒険者の居住区に入ると、点々と並んだ明かりがぼんやりと通路を照らしている。
周りが静かになった中で、武装した二人の足音がやたらと大きく響いているような気がした。

二人はお互いに何も口にはしなかった。
そんな調子のまま通路を曲がったり階段を上ったり下りたりを繰り返す。
何処も似たような通路、似たような扉。

「正直な話、無駄に回り道してる」

ノルヴェルトがその事に勘付き始めた頃、ダンがそれを察したように苦笑した声で言った。

「念のためだ、悪いな」

そう続けるダンの背中を凝視して、ノルヴェルトは無言。
彼は念願の捜し人との再会を前にしているというのに、目の前にいる男について考えていた。

この、呆れるほど正直で堂々とした青年の態度は、ノルヴェルトの心に不思議な現象を及ぼしている。
自分の中で疑え嫌えと警告の声を張り上げ続けているというのに、彼のオープンな態度が妙に信頼感をもたらした。
その与えられる不可解な感覚によって、少しでも気を抜けば自分から歩み寄ってしまいそうな危うさを感じる。

このダンという青年、とんでもなく駆け引きが上手いのか、素でこういう人柄なのか。
ノルヴェルトは知らずの内に彼と会話をしたがっている自分の口を懸命につぐんで歩いた。


「……さてと」

一度も振り返ることなく歩いていたダンが、はたと足を止めた。
ノルヴェルトはすぐに反応すると、黙考していた思考を振り払って緊張を高める。
ゆっくりと振り返るダンを厳しい眼差しで見つめると、彼はしれっとして言った。

「いい加減、そろそろ目的の部屋に向かおうと思うんだが……。その前に確認しておきたいこととかあるか?」

目を見張るノルヴェルトに対して『許容範囲で対応する』とダンは口の端を吊り上げた。

一呼吸置いてから、待っていたとばかりにノルヴェルトの喉の奥から何かがこみ上げる。
その自分の様子に仰天したノルヴェルトはぐっと唇を噛んでそれを塞き止める。
数秒間じっとダンの目を睨んでから、慎重に口を開いた。

「……あのエルヴァーンはどうした」

問いたいことはたくさんあったが、考えた結果これを最優先とした。
その質問を受けてダンは眉を開くと苦笑する。

「あー……あいつな、生きちゃいるが今日はいない。あんたがまた毛嫌いして暴れたら面倒だしな」

「あの男を野放しにしておくな。危険だと言ったはずだ」

ぎっと噛み締めるように言うノルヴェルトに対し、ダンも若干表情を険しくする。

「俺もあんたにはっきり言ったはずだぜ。あんまり俺を煽るなよ」

怒鳴り声ではないが怒りのこもった語気の強い声で言う。
お互いに強い眼差しで見つめ合うが、ダンの方がすぐに横へと視線を外した。

ここで険悪になってもしょうがない……と深い溜め息をついて頭を掻く。

「なぁ、一つ聞いていいか。どうしてそんなにエルヴァーンを嫌うんだ?」

肩をすくめて、今度はダンの方が尋ねた。

ダンはパリスと別れた後、領事館にノルヴェルトのことを調べに行った。
当然、まず最初にサンドリアの領事館に行ってみた。

今日行ってみると今度は静まり返って厳かな空気に満ちていた。
まるで身分の高い来客でもあるかのように、受付の者が不自然なほど声を抑えていた。
資料を閲覧させてはくれたが、受付の者からこちらに早くお引取りを願う気配をひしひしと感じた。
まぁ何であれダンには関係ないことだったので、そんな空気をものともせずにじっくりと資料を探った。

あっちはこれどころではないのだろうが、こっちもそれどころではない。

しかし、資料の中にノルヴェルトという者は存在しなかった。
そしてそれは他国の領事館の資料を見ても同じことであった。

そもそも半日で資料を探ってみようということ自体が無謀であったといえよう。
ここ数日の疲労の蓄積も祟り、イマイチの情報収集に終わってしまった。

パリスも同様に成果は得られなかったらしい。
戻りが遅かったのでどうしたのかと思ったが、それでも、限られた時間いっぱい走り回ってくれたことだけは分かった。

「わざわざ言うことでもないが、俺はあんたのことがさっぱり分からねぇ」

正直に今の気持ちを述べた。

見たところどう考えても小物とは思えないこのノルヴェルトという男。
まったくこの世に痕跡を残していない風に思える彼は一体何者なのだろう。

「……貴様に……私のことが分かるはずがない……」

嘲笑、というにしてはどことなく悲しげな顔でノルヴェルトが答える。

「で、あいつには分かるってのか」

今の言葉に対して、鋭くダンが尋ねた。
じっとノルヴェルトの回答を待つ。

するとノルヴェルトは、ぐっと何かを喉の奥に詰まらせ、様々な感情が混じった顔をして視線を落とすのだった。

頑なに心を閉ざしたままの彼に対し、お手上げだというようにダンは溜め息をついた。
そして、彼は何か訳有りでトミーに近付こうとしているのだと、今のノルヴェルトの表情を見て賭けてみる決心がついた。

「別れ際に俺が言った言葉、覚えてるな?」

唐突にそう確認するダンにふと視線を上げると、ノルヴェルトは小さく頷いて肯定の意を示した。
それを見てダンも一度深く頷いてみせると、すっとノルヴェルトの後方を指差した。

「そこだ」

ダンが指差したのは、今二人が通り過ぎた後方二つ目のレンタルハウスのドアだった。



   *   *   *



部屋に入る時が一番緊張した。
何が起こるか分からない、最も警戒しなければならない瞬間だからだ。

部屋に入って最初に感じたのは緊迫した空気。

しかし今までに幾度となく感じてきた、こちらを狙おうと鋭く研ぎ澄まされた空気ではない。
逆にこちらを寄せ付けまいとするような受身的な空気であった。
中に通され、慎重に数歩歩みを進めたところで案内をしたダンが後ろで言う。

「ドアを閉めるぞ」

そう宣言してから、彼はドアをゆっくりと静かに閉めた。

通された部屋の中には三人の娘達がいた。
ミスラとヒュームとタルタル、種族は三人ともばらばらである。
道着を着た赤髪のミスラと、ローブ姿の魔道士らしきタルタルの二人が緊張した面持ちで身構えている。
その間に、トカゲの皮を加工して作られた鎧を身に着けたヒュームの娘が立っている。

そう、他でもないノルヴェルトのお目当ての相手だ。

ノルヴェルトは彼女の姿を見て、自分が初めて鎧を身に付けた時のことが脳裏を過ぎった。
そして、見れば見るほど恩師達の面影を思わせる彼女に胸が詰まる。

前で繋いだ手を緊張した面持ちでじっと見下ろしたまま硬直している彼女。
髪の色は若干母親と異なるが、髪を結い上げた時の首元がそっくりだと思った。
優しげな目は父親と同じで、その目の中には母親と同じブルーの澄んだ瞳がある。

今、彼女が私を見つめたら、不意に昔のように笑って呼びかけてくれるだろうか?
最後の泣き叫ぶ姿しか記憶に焼きついていないが、彼女が笑ったらきっと……。

様々な錯覚が飛び交う中、周りを警戒しつつひたすらに彼女を凝視し続ける。
俯き加減であった彼女の顔がゆっくりと上げられ、そのブルーの瞳がノルヴェルトを真っ直ぐ見据えた。

幻ではない、夢でもない。
今、彼女の瞳に自分の姿が映っている。


「……二人で……話がしたい」

彼女の姿に息を呑んだノルヴェルトの口から、どこか乾いた声が漏れた。
その言葉が発せられた瞬間、リオとロエの肩が警戒するようにぴくりと動く。

「生憎それは無理だ」

すぐさま後ろに控えているダンがはっきりと拒否の答えを返した。
肩越しにノルヴェルトが振り返ると、彼は肩をすくめて『さすがにな』と付け加える。

ノルヴェルト自身も最もな回答だと納得してしまった。
だがやはり、こんな状況で彼女に話などできそうもない。
只でさえどのように話せばいいのか手探りだというのに。
ノルヴェルトが再びトミーへ視線を戻すと、彼女は前で繋いだ自分の手を見下ろして押し黙っていた。


知りたいこと、聞かせてほしいことがたくさんある。

なぜ、あのぬいぐるみの名前が今の貴女の名前なのか。

どうして冒険者の真似事をしている?

両親のことを……私のことを……。



「どうして」

――不意に、上目遣いにノルヴェルトを見上げるトミーの口から、感情を抑えたような微かに震えた声が漏れた。


「どうしてあんなことを……したんですか」


自分の中で溜め込んできたものが脳内で荒れ狂っているノルヴェルトは、少し遅れて、彼女の眼差しにちくりとするものを感じることに気が付いた。
今まで刃を交えてきた男達を思わせる、自分には馴染み深い視線。

「あの人達が、一体何をしたの」

ノルヴェルトは縋るような思いで慌てて口を開く。


――トミーというのは……


「どうして?」


貴女の母が、貴女に作ってあげた友達の名前です。


「……事情は分かりませんけど」


私は、偉大な人達と共に戦場を巡ったのです。


「人の命を、奪っていい理由なんかない……っ」


彼らはたくさんの人を救った。


「人一人には……その人だけじゃなくて」


マキューシオは、多くの人を愛してた。


「色んな人の願いが」


この世界を愛してた。


「今頃あの人達の家族は、悲しんで! 泣いてる!」


私はあの人達に、すべてを捧げても良いと。


「そういう人達の気持ちっ……考えられないんですか!?」


多くの仲間を失ったけれど…


「パリスさんが何したって言うの!?」


戦争を生き残った、セトと、貴女方親子が……


「どうして周りを傷付けてまで私に近付くの!?」


笑っていてくれさえすれば私は、他に何も。




「あなたなんか知らない! もう来ないで! 私はあなたなんて必要としてない!!」


一際大きく叫んで、トミーは大粒の涙を零しながら奥のキッチンへと走り去る。

「――おい、トミー!」

感情をぶちまけたトミーをダンが深刻な声で呼ぶが、彼女はそのまま奥へ逃げてしまった。
焦った様子でロエとリオの二人がダンとノルヴェルトを横目に見ながらトミーを追う。

ノルヴェルトは自分の前から走り去るトミーを目で追うこともせず、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
ダンはトミーのもとに行きたい気持ちをぐっと堪えてそのノルヴェルトの後ろ姿に目を見張った。
緊張を高め、何となく腰に下げた剣を意識しつつ彼の背中を観察する。

ダンにとってトミーのあの様子は想定外であった。
怖いと怯え暴れるかもしれないとは思っていたが、まさかあんなに攻撃的になるとは。
ノルヴェルトが逆上したらどうするんだと内心毒付きながら、ダンは背中に冷たい汗が流れるのを感じつつ警戒してノルヴェルトを見つめた。

――不意に、ノルヴェルトが動いた。
ゆっくりと踵を返してダンのいる方を振り返ると、彼は歩き出した。
ダンは一瞬、最悪の状況を想像する。
だが、ノルヴェルトの表情を見てそんな想像は掻き消えた。

彼は何かに救いを求めるような顔をしていた。

しっかりとした足取りでダンの横を通り、彼は何か用事を思い出したかのようにドアを開ける。

「お……おい」

ダンが呼びかけるがノルヴェルトはまったく反応を示さずに、退出してばたりとドアを閉めた。



   *   *   *



真夜中のジュノ港。
飛空挺乗り場に人気はなく、夜の静けさに包まれた闇に波の音だけがさ迷っている。
通りから脇の石階段を下りて地下に入り、少し歩くと窓口がある。
そこでパスポートを提示して通過するとその先は乗り場になっており、定時に飛空挺がその乗降口へを海水の上を滑ってくるのだ。

ノルヴェルトはそんな真っ暗な飛空挺乗り場の通路の片隅に座り込んでいた。
近くで海を見たいと思ったのだが、いざ傍まで来てみると言いようのない恐怖に襲われ、波の音が届く乗り場までの通路の片隅に黒い外套に身を包んで壁にもたれていた。
そもそもノルヴェルトはパスポートを持っていない。
ここよりも先に進んだとしても、窓口を通過することは結局出来ないのである。

マキューシオに。
スティユに。

会いたくて会いたくて会いたくて。

聞いて欲しいことがたくさんあって。

海に、彼らが――。
海に行けば彼らに会えるような気がして、ノルヴェルトはやって来たのだ。

だけれど波の音を耳にしただけで足が竦んでしまい、どうしようもなく。
『来ないで』と、また突き放されて深く傷付くのではと思い。
潮の香りのする真っ暗な通路の隅で、大鎌を抱きかかえるようにして座り込んで。

『来ないで』


『来ないで』


スティユの目が、ソレリの声が、何度も何度も斬り付けてくる。

『来ないで!』


彼女がソレリだと分かった。
それはとても喜ばしいことのはずだった。
なのにどうして、こんな風に。
分からないから話せなかったはずであるのに、分かったら尚のこと言えず。
彼女から与えられる衝撃が一層威力を増しただけで。

彼女は望んでいない、私のことを。


「一体……どうすれば良いんですか……」

マキューシオ。
スティユ。
ドルスス。
セト。
ワジジ。
フィルナード。

みんな。

会いたい。


みんなに、会いたい。


なぜ私は一人で、こんなところに……?



――ノルヴェルトが何度も皆のことを心の中で呼び続けていると。
足音と共に人の気配が、通りから乗り場に向かうこの通路へ下りる階段から感じられた。
暗闇に身を溶かしているノルヴェルトはハッと顔を上げると、階段へ目を見張った。

足音と同じテンポで鳴る微かな金属音から鎧を身に着けている、人数は一人ではない。


「しかし、近年領事館の者達も弛んできたものだな。監査の者は職務怠慢も甚だしい」

「まったくです。明朝、調査を行い然るべき処置を」

「はは……まぁ良い。貴公には暇を取らせる。たまには家の者に顔を見せよ」

静寂の中じわりと響く男性の声。
そう会話しながら階段を下りて窓口の方へと向かうのは、長身の二人の男。
両者共に武装しており、右側を歩いているものはかなり上等な身なりをしていた。
武装していると言っても、街中に溢れている冒険者達とは少し雰囲気が違う。

「前方だけに備えれば良いなどと考えていると、背後を突かれ……」

唇に笑みを浮かべて話していた右側の男は、言いながらふと通路の片隅に目を留める。
初めノルヴェルトの存在には気が付いていなかったらしく、言葉を途切れさせた彼は笑みを浮かべたままの顔でしばしノルヴェルトを見つめた。
ノルヴェルトも極自然に現れた通行人である彼らに呆然と視線を向けて――。


目を見開いた。


眉目秀麗な凛々しい顔に掛かる燃えるような赤い髪。
只ならぬオーラを纏った貫禄のある彼が身につけている服にはサンドリア王国の紋章。
長い年月を経て姿はだいぶ変わっていたが、ノルヴェルトには分かった。



――テュークロッス!!!

ノルヴェルトの凶暴な声が相手の名を叫んだ。
野獣の咆哮の如きその叫びが暗い通路に響く。
抱えていた大鎌を引っ掴んでノルヴェルトはテュークロッス目掛けて猛然と飛び出した!

「――なっ!?」

連れが即座にテュークロッスの前に出てノルヴェルトに対し身構える。
素早く腰に下げた剣を引き抜いたその男は、当時からのテュークロッスの側近であるジェラルディンであった。

「ならん! 下がれ!!!」

テュークロッスがジェラルディンに対し一喝すると、なんと彼は自ら剣を抜き連れを押し退けて前に出た!
勢い良く飛び掛ったノルヴェルトの鎌がテュークロッスの剣とぶつかる。
どちらかの刃が砕けても不思議ではない程の耳を劈く金属音が辺りに響いた。
首目掛けて払われた鎌の刃を剣で受けたテュークロッスはすぐさま上へと鎌を弾く。
直ちに鎌を翻すノルヴェルトに合わせて彼もまた剣を繰り出した。
牙を剥いた凶暴なノルヴェルトの鎌とその調子で何合も剣をぶつける。

「構うな!」

部下が判断しかねているのを視界の端に見、テュークロッスが声を張った。
見ていると、いつどちらかの刃が砕け散ってもおかしくはない。
王から賜った剣に対し、ノルヴェルトの操る漆黒の大鎌もまた、引けを取らない。
長い年月使い続けられているというのに、刃こぼれ一つない。
それはまるで、かつてこの鎌を振るった男の、不屈の精神を表しているかのようだった。

しばし激しく剣を交えると、その状況に苛立ったノルヴェルトが一際大きく鎌を薙ぎ払った。
予想だにしなかった大胆なその行為にテュークロッスは即座に身を引く。
暗闇の中に彼の赤い髪が一つまみ程ぱっと散った。
次こそはと前に出るノルヴェルトに対し身を屈めて素早く剣を翻す。
懐に入れないと判断したノルヴェルトは、瞬時に体を捻って剣を避け後ろに飛ぶ。
その際テュークロッスの剣がノルヴェルトの外套を微かに絡め取り、黒いそれがびいっと裂けた。


「……久しいな。立派な野良犬になったではないか」

一旦距離を置いて対峙すると、若干息の上がったテュークロッスが笑い声で言った。
髪を振り乱したまま荒々しく呼吸しているノルヴェルトは、じっと彼を睨み据えて再度飛び掛る機会を窺っている。

テュークロッスとノルヴェルトが相見えるのは、それこそ十七余年振りのことだ。
あの日、セトが幼いソレリを守り帰らぬ人となったあの雨の日以来である。

ノルヴェルトとは一回りも年の離れていないテュークロッスは、出会った当時はノルヴェルトと大差ない年若い青年であった。
時が経ち、今こうして対峙している二人は各々立派に成長した姿。

テュークロッスは地位、ノルヴェルトは傷という名の貫禄を背負い。
全く別の道を歩んでーー今、此処に。

「……ふん……あの男は達者でいるか? マキューシオは」

首を傾け顔の前に流れている赤い髪を揺らしつつテュークロッスが尋ねた。
するとノルヴェルトは凄みのある声で『貴様がその名を口にするな』と直ぐに返す。

「あやつらにも久しぶりに会ってみたいものだが……何処にいる?」

「黙れ!!!」

落ち着いた口調で言うものの完全に興奮した眼差しで言葉を並べているテュークロッスに対し、ノルヴェルトは相手の何もかもを寄せ付けまいとするように叫んだ。

知るがいい、私の怒りを。

歯を食いしばり、ノルヴェルトは再び飛び掛かった。
互いの間合いが一瞬で詰まる。――テュークロッスの一閃を滑るようにかわす。
胴に叩き込んだ一撃に、上等な鎧に守られたテュークロッスの足が浮く。
一瞬顔をしかめるが、崩れながらも剣は刃を受け止める。


「貴様は……私と共に地獄へ堕ちろ…!!」


鍔迫り合いのまま、ノルヴェルトは唸った。

テュークロッスは圧力に対抗しつつ食い縛っている口元に笑みを浮かべた。
何がおかしいと苛立ちノルヴェルトが更に力を込めた。
どうやら力はノルヴェルトの方が上。
徐々に押され気味になるテュークロッスだったが、彼は笑い声を漏らした。
銀髪の隙間から睨みつけてくるノルヴェルトの目を見つめて言った。

「…は……野良犬は愚かだ。自分の宝を上手く隠せていると思い込んでいる」

暗い通路の中で、彼の赤い髪が微かな風にさわりと揺れた。

「良いのか? 大事なものは持ち歩いておかねば、留守に奪われるぞ?」

不敵な笑みと言葉の意味が、ノルヴェルトには掴めなかった。
斬ることだけで満たされていた思考の奥で、違和感が疼く。


――それは、どういう意味だ?


一瞬の間を置いて、鋭く細められていたノルヴェルトの目が見開かれる。
テュークロッスは高らかに笑った。
驚愕の表情を浮かべたノルヴェルトが慌てたようにテュークロッスの剣を跳ね除ける。
大きく跳ねて後退し、笑う騎士を見つめて愕然とした。


「ーー……レリ…ッ」


血相を変え、ノルヴェルトは外套を翻した。
振り返ることなく、通りへ続く階段を駆け上がる。

すかさずジェラルディンが追おうと踏み出す。
テュークロッスが手でそれを制した。

「無駄だ、間に合わぬ!」

通りへと飛び出していくノルヴェルトの後ろ姿に叫ぶテュークロッス。
ノルヴェルトは牙を剥いていた先程とはまったく様子を変え、振り返りもせずにそのまま通りへと飛び出していった。


闇夜の亡霊のようなノルヴェルトが去ったのを見送り、ジェラルディンは剣を片手に握ったまま主を振り返る。
彼はテュークロッスが言った言葉の意味をすぐに理解した。
その表情は勝ち誇っていた。

「団……将軍、既に使者を送っておられたのですか?」

驚きの中に得意なものが混じった顔で問う。

ところが、テュークロッスはノルヴェルトが消えた階段を見据えて厳しい表情をしていた。
そして“野良犬を追え”というリンクパールを通した声。
そのリンクパールは野良犬狩りに携わる数人の側近のみが所持している内々のものだ。
彼の対応にジェラルディンが眉を寄せていると、テュークロッスが大きく息をつく。

「ふん、敵なら奴が自分で見つけるだろう」

勝利を確信したように唇に笑みを浮かべ、乱れた赤い髪をかき上げる。

地位が上がった今、テュークロッスは自由に動けない。
それでも追い続けてきた。
ノルヴェルトの先にいる、真に狩るべき男を。

今宵、まさかこんなところでノルヴェルトと再会するとは思っていなかった。
これ以上ない好機だ。

だが、ここで斬っては意味がない。
街中で騒ぎを起こすのも得策ではなく、何より野良犬一匹を始末したところで終わりではない。

即座に思考を巡らせ、テュークロッスは鎌を掛けた。

もしやマキューシオらは既にこの世にいないのでは――
そう考えたこともあった。
だが、あの煽りに反応し、迷わず駆け出したという事実が示している。

ノルヴェルトには、まだ守るものがある。

それは、長年追い続けてきた課題に終止符を打つための、願ってもない手掛かりであった。


「導くが良い。貴様の宝のもとへ」


そう呟くと口の中で笑いながら踵を返す。
主の思考の速さに息を呑みながらも、ジェラルディンは表情を引き締め、ノルヴェルトが去った階段を見つめた。

「貴公は私と共に国に戻れ。 何事もなかったかのようにな」

追うべきか否か、判断を迷うジェラルディンに向けての命令だった。

任を終えて帰国した将の背に、側近がいない――それ自体が不審を招く。

ジェラルディンはそれを悟り、追うべき背を胸の内で切り捨てた。



   *   *   *



相手が相手である。
無理も無いと言えばそれまでのこと。
折角の面会の機会を見事に台無しにしたトミーを叱るわけにもいかず、とりあえずは興奮状態のトミーを引きずって彼女のレンタルハウスに移動した。

あの男を見て、何か心当たりはないのか。

当然そういった話をしたいわけだが、トミーは仲間達からの言葉も全て拒否し『一人にして』と一辺倒。
落ち着くまで待った方が良さそうだと判断して、仲間達は彼女のレンタルハウスを後にした。

四人が向かったのは、面会を行ったダンのレンタルハウス。

「あんな状況じゃ、相手はまだ完全に未消化だ。……きっとまた現れるな」

ドア付近に立って厳しい目付きをするダン。

「面倒なことになっちゃった……かもねぇ」

言いながら、ベッドに腰掛けて天井を仰ぐパリス。
つい先程この部屋で合流し、面会時の状況を聞いたばかりである。
パリスはトミーが相手に対して取った行動を聞いた際、思わず苦笑を浮かべていた。
彼女がそんな態度を取るとは、パリスもやはり意外でしょうがない。
状況を聞き終わると、『良かったね……無事で』と乾いた声で呟いた。

「絶対ヤバイわよ、あの男! あの外套とか……色々染み込んでんのよ! すんごく重そうだったじゃない!」

リオは壁に寄りかかり、頭を抱えるように赤い髪を掬い上げた。
彼女はノルヴェルトの姿に相当圧倒されたようだ。今も視線に全く落ち着きが無い。
完全に当てられた様子の彼女を横目に、ロエは胸の前できゅっと手を握って押し黙っていた。

「…………このまま……」

不意に、深刻な顔で思考を巡らせていたダンが口を開く。

「このままじゃ後々、また面倒なことになるのは目に見えてる。 あの時間であっちの用件が解決したとは思えないからな」

静かな声で淡々と続ける。

「きっと引き返してくるだろう。だからこの部屋はまだ解約しない。もしノルヴェルトが戻ってきた場合、俺が対応する」

三人がほぼ同時に口を開く。

「三人はあいつを連れて、ジュノを離れてくれ」

ダンははっきりと言い切った。

「そうそう、それが良いわよ!!」

三人が同時にダンに対して物申したが、一番声が大きかったのはリオのこの声だった。
パリスとロエは呆気に取られたようにリオへ視線を向ける。

「あんたやっぱり頭良いわね! あたしそれに賛成! もう嫌よ、こんな危ない状況! いつまでもあいつの手が及ぶここにいる意味が分からないわ!」

うんざりした口調でそう言いながらリオは立ち上がり、ドアへ向かう。

「っていうか、この部屋にいるのも嫌なのよ! あいつが来たらヤバイじゃない。あたしベティのところにいるから、詳しい段取りはあんた達決めて」

ペラペラと一気に言葉を並べてドアを開ける。
ダンは肩越しに振り返り、落ち着いた声で『おい、警戒しろよ』と促す。
彼女のずいぶんな物言いに対して特に感情は抱いていないようだ。
リオはどきりとしながらも『分かってるわよ』と言ってドアを閉める。

ダンは腕組みして軽く溜め息をついた。
その、すべてに納得しているようなダンの様子を見て、残った二人が出遅れつつも声を上げる。

「ちょっと待ってよダン~!」

「危険です!」

「やめよう、もうやめようよ!」

パリスは引きつった笑みを浮かべてベッドから腰を上げた。

「僕らだけで何とかできる相手じゃないよ、要請しよう?」

すぐに笑みを濁し、パリスは険しい表情でダンに訴えかけた。

「面会した時のトミーちゃんの様子を間近で見たんでしょ? もういいじゃない、考え過ぎだよ。あの人はただの殺人鬼だよ」

『どうしてそんなにこだわるの』と困り果てたような声でダンを問い詰める。
ダンはそんなパリスの言葉を聞き、足元に視線を落として考えている顔をした。
その様子にどんな答えが返ってくるのかとパリスが眉を寄せるが、彼の返答は案外すぐに返ってきた。


「……見たからこそ、知りたいんだよ」


トミーがあんなに感情的な言葉を人にぶつけるとは。
それが、あの光景が、ダンには引っかかっていた。

恐らくこれはダンだからこそ感じている疑問なのだろう。
トミーが正直にものを言えて、甘えることができて、感情をぶつけることができる唯一の存在であった彼だからこそ。

「俺は……俺が……あのノルヴェルトと、もう一度話がしたいんだ」

揺るがない決意を感じる声。

「だから悪い、俺は残る。みんなは早くジュノを出てくれ」

「ダンさんが残るなら、私も残ります」

不意に、震えた声でロエが進言した。
えっという顔でダンとパリスが彼女に視線を落とし、ダンはすぐに首を横に振った。

「いや……危険ですから、ロエさんはあいつと」

「邪魔ですか? 私、あ、足手まといですか?」

「いえ…」

「もうやめて下さい!」

戸惑うダンの前で、ロエが悲鳴じみた声でいきなり叫んだ。
驚いたパリスは思わず肩を窄め、ダンは言葉を失って呆然と彼女を見つめる。

「最近のダンさんは、危険を冒し過ぎです。どうして残るなんて? 嫌ですそんなのっ。どうしてそんなに危険なことばかり……」

一生懸命に言うロエの声はみるみる内に涙声になっていく。
心底辛そうな表情を浮かべたロエの瞳には涙が滲んでおり、ダンは思い切り眉をしかめた。

「…………ぇっ……あぁ~…」

そこでふと変な声が聞こえて視線を上げる。
パリスがロエを見つめ、何かに納得したような顔をしてそわそわと腕を擦っていた。

「おい、何処へ行く」

そのまま何となく視線を泳がせてふらりとドアに向かう彼にダンは声を刺す。
パリスはあくまでも視線を泳がせたまま。

「ん~?ん~」

曖昧な返事をしてドアノブを掴んだ。

「僕ぁちょっと、そのへん偵察してくるよ」

苦笑を浮かべているものの、思考を巡らせているような目をしてパリスは退室する。
あまりにも不自然な彼の様子にダンは一抹の不安を感じたが……。

「トミーさんを守りたいのなら、残るなんて言わないで一緒にジュノを出たらいいじゃないですかっ」

ダンは今、目の前にいる人物への対応を迫られている。
それどころではなかった。

「ですから、それじゃあ何の解決にも」

「解決なんて…っ。それなら、どうして私も残っちゃいけないんですか?」

ロエは何に対して怒っているのだろうか。
怒っているならなぜ泣くのか。
そもそも何が気に食わないのか。

ダンには訳が分からない。

又、今はこんな議論をしている場合ではないという思いから徐々に苛立ってきた。

「……最近のロエさんは変だ……」

搾り出したような声でぼそりと呟くと、ロエが酷く衝撃を受けたように息を呑んだ。
さっと一気に彼女の顔に恐怖の念が広がったのをダンは見て取る。
だが、彼女が何に恐怖しているのか分からない。
彼女の考えていることが。

そこでふと、トミーから聞いた話を思い出す。
溜め息交じりに言った。

「俺はロエさんを毛嫌いしてるつもりはなかった。言わせてもらえば、ロエさんがそんな風に思うのは……ロエさんの方が俺を」

「ち、違います! 違うんです!」

「何が違うんですか」

「違うんですダンさん!!」

首を横に振って思わずダンの鎧へ手を掛けるロエは必死だった。

ダンの声がどこか冷たい。
見下ろす眼差しも疲れていて。

彼から与えられる情報が、どれもこれも悪い方向に向かっていることにロエは震えた。

「……怖いんです……私……ダンさんにもしものことがあったらって…」

ぽたりと涙を床に零しながらロエが見上げたのは、腰に当てられているダンの手。
下ろしてくれれば掴めるのに。

「心配で心配で、私……お願いですから傍にいさせてください。傍にいたいんです……」

届かない手からダンの顔へと視線を戻す。
彼は未だに困惑した顔をしていた。
それが、余計に悲しくて――ロエは震えを抑えるように必死にしがみ付く。

「ダンさんはトミーさんのことで頭がいっぱいかもしれませんけど」

『私は』と、ロエが続けたところで、リンクパールを通して二人の耳に声が届いた。


“ちょっ来てマズイ――”



非常に緊迫したパリスの声に続きはなく、そのまま途切れた。



   *   *   *



真夜中のジュノの冒険者居住区を駆け抜ける。
薄暗い通路に並ぶレンタルハウス。誰も歩いていない。

ノルヴェルトは焦燥感に身を焦がしながら、息を弾ませて左右の通路を見比べる。

急がなければまた失う。急がなければ。

階を上って通路に出ると、人気の無い通路の遥か前方に動く人影を捕らえた。
目を凝らす。――先程面会の場にいたあの赤髪のミスラだ。
足を止め、彼女は目の前のレンタルハウスに入って行く。
ノックもしなかったので、あそこは彼女の部屋なのではないか。
なんていう疑問を抱く余裕すら無く、ノルヴェルトは無心でその部屋へと向かった。


どばんと乱暴にドアを開け放って中に飛び込んだ。

押し入ると目に飛び込んできたのは、入室を確認したあの赤髪のミスラと――捜し人。
ベッド脇にしゃがみ込んでいるトミーの腕をリオが掴み上げている。
早くジュノを出る支度をするようにとリオが急かしていた。
その光景は、ノルヴェルトを誤解させるには充分で。

否、何だろうと、今のノルヴェルトには関係なかったかもしれない。

突然現れたノルヴェルトに仰天し言葉を失って硬直する二人を余所に、ノルヴェルトは肩で息を付きつつも勢い良く飛び出した。
重々しい足音を立て大股で二人に迫ると、外套の中から突き出した手でリオの首を掴み上げた。

「――やめてぇ!!」

がっちりとリオの細い首を掴んで彼女の体を持ち上げるエルヴァーンにトミーが叫んだ。
突然のことに目を白黒させているリオ。
首を掴むノルヴェルトの手を掴んでじたばたしている。
完全に呼吸を封じられて涙目になり、開いた口からは声になっていない唸りが漏れた。

「ダメェ!! やめて放して!!!!」

血相を変えたトミーが必死に叫びながらノルヴェルトの腕に飛びつく。
凶暴な目付きで掴み上げたリオを睨んでいるノルヴェルトを見上げ、『放せぇ!』と叫びながら彼の肩をぼかりと殴った。
ノルヴェルトはぴくりと眉を動かす。
振りかぶって、掴んだリオを床に叩き付けた。
どかっと受身も取れず思い切り床に叩き付けられたリオの口から掠れた悲鳴が吐き出される。

「リオさ…っ!」

その様子にトミーが叫んですぐに彼女のもとに屈もうとする。
しかしノルヴェルトが彼女の細い腕をがしりと掴んでそれを引き止めた。

「放して!!!」

腕を掴む手を引き剥がそうするトミーの抵抗を物ともせず、ノルヴェルトはぐいと引寄せた。

「ここは危険だ!すぐにここを離れなければ……!!」

こちらも必死のノルヴェルトは、トミーの目を見て訴える。
トミーは彼の顔を見ようとはせずに、掴んでいる手と背後のリオを見比べている。
床の上で激痛にのた打ちつつリオは激しく咳き込んでいた。
そんなリオを見てトミーは泣きそうな顔でノルヴェルトに抵抗を続ける。
今の数秒でリオの力量が分かったノルヴェルトは彼女を殺すまでもないと判断した。
とにかくここを離れるのが先決だ。

掴んだ自分の手をもぎ取ろうとしているトミーの手首を、もう片方の手で掴んで懸命に言う。


「お願いだ、言うことを聞いてくれ!!ーーソレリッ!」

「やぁ!放してぇ!ダン……ッ…ダンーーーーー!!」


ダン。
知っている、あの青年だ。

なぜその名を呼ぶ?

私の名は――


そのトミーの叫びを聞いた瞬間に、ノルヴェルトの中で何かが大きくひび割れた。
カッと頭に血が上り、トミーの抵抗を完全に無視して力ずくで彼女の腕を引いた。

「早く!!」

トミーを引きずるようにしてドアへと強引に歩き出すと、悶えていたリオがしゃがれた声で叫ぶ。

「……誰でも…いから……!!」

その直後、半開きのままになっていたドアを跳ね除けて何者かが部屋に飛び込んできた。
ノルヴェルトは振り返る。
同時に背の大鎌を手に掴み、その黒い刃を翻した。

ドアを跳ね除けて飛び入ってきたのは、パリスだった。

「――嘘」

パリスは呟いて腰の剣に手を伸ばす。
だが、ノルヴェルトがトミーを引っ掴んでいるのを見て一瞬躊躇した。

直後――彼の正面が胸から腹にかけて斜めにばっさりと裂けた。

装備の布部分が派手に裂けて細かい破片が飛び散り、彼の体が跳ね飛ばされる。
ドアの横の壁に背中から叩きつけられると、一拍置いてばっと血が噴き出した。
ばたばたと床に血を零したパリスは、そのまま脱力して無抵抗に横へ倒れる。

「……ぁ…」

その衝撃的な光景を目の当たりにしたトミーは、小さく声を漏らすとがくりと膝を折り、強すぎるショックにその場で倒れた。
倒れ込む彼女の体を支え、ノルヴェルトは鎌を背に収めるとひしと抱き締めた。

「貴女は私が守る」

呟いて、黒ずんだ外套の中にトミーを抱きかかえると外へと駆け出していく。

パリスを斬り伏してトミーを攫っていったノルヴェルトを呆然と見送り、リオは思い出したように再び激しく咳き込んだ。
そしてひゅーひゅーと苦しげに息をしながらのろのろと四つん這いになり、床に倒れたまま動かないパリスのもとへ。
パリスの姿を間近で見るのが恐ろしかったが、リオは彼の体に手をかけた。

「……ちょっ……お…!」

床には見る見る内に赤い血溜まりが広がっていく。
パリスのすぐ隣りで床に手を付くとぴちゃりと血がついた。
意識を戻すとか、呼吸の確認だとか、そんなことは混乱した頭には浮かぶはずもなく。
ただ必死に、拍動に合わせて血を沸かせている傷口を両手で押さえつけた。

そして誰もいない室内を見回した後、がちがちと震える口でドアの外に向かって叫んだ。


「誰か!…ねぇ……死ぬぅぅぅぅぅぅ!!!」



<To be continued>

あとがき

第十二話、色々と展開盛りだくさんで、正直書いてる自分も息切れしました。
確実に話題性No.1は、好い人の受難でしょうか。
あっちこっちで色々な人の気持ちが溢れ出た回でした。

――こんな『再会』、誰も望んでいなかった。誰も。